ソニー平井氏が実践した対話する経営者--麻倉怜士が聞くテレビ復活から今後のチャレンジまで - (page 3)

麻倉怜士 栗栖誠紀(人物撮影)2019年06月18日 08時00分

ボディはコンソール、レンズはゲームソフト、カメラ事業をゲームに例えた戦略

――好調なカメラビジネスについては、どんなメッセージを発したんですか。

 現在は好調に推移していますが、実は一眼カメラの「α」は、長く赤字が続きました。その時に言い続けたのは「いいボディを作ってほしい」ということ。ゲーム事業で言えば、カメラのボディはゲームコンソールで、レンズがゲームソフトに当たります。ですから、ボディの数が増えない限り、どんなにいいレンズを作っても売れません。売れるボディをどんどん作って、台数を増やせば、必ず良いレンズは売れると、そう言い続けました。

 αでは、来るべきボディが発売されたのにあわせ、レンズも売れるようになりました。ただここで終わりではなくて、今度はレンズのバリエーションを増やさないとだめです。ゲームタイトルが少ないと、ユーザーは満足しません。それと同じです。

 当時のチームにはこのタイミングで、レンズのエンジニアリングリソースが足りないのならサポートすると話し、エンジニアを増やしました。これが現在のレンズバリエーションに結びついています。あとはボディも、徹底的にいろんなバリエーションを作るようにした。リカーリング(循環型)と言いますが、ゲームコンソールのビジネスと似ているところがありますね。

平井一夫氏と麻倉怜士氏
平井一夫氏と麻倉怜士氏
――リカーリングはソニーの新たなキーワードですね。確かにゲームコンソールがカメラボディ、ゲームソフトがレンズと考えると、ゲームとカメラは同じようなビジネスモデルです。カメラとゲームのビジネスを結びつけるのは、平井さんならではです。そのあたりエレキだけをやってきた社長とは違います。

 ソニー・ミュージックエンタテインメントで10年、ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCEI)で「プレイステーション」を15年以上やっていました。そうした多様性はソニーグループ全体の強みでもあります。音楽やゲーム、エレクトロニクスに加えて映画や金融もありますし、それがソニーの大きな資産になっています。あとは単純に私がカメラ好きというのもあったかもしれませんね(笑)。

――それは、すごくありますね。

 すごくあります(笑)。マネジメントになるまでは他社のカメラを使っていました。一度、当時カメラの責任者だった中川(元業務執行役員副会長の中川裕氏)に「なんでソニーじゃないんだ」と言われたことがあります。その後、何かのスピーチで「平井さんが使いたくなるような、ソニーのカメラを作らなければだめ」と言われてしまいました。その前に「他社のカメラを使っているって言わないでくださいよ」って頼んであったのに(笑)。もちろん、今は全部αを使っています。

――今のαは、動画撮影なども含め、使いたくなるカメラです。

 ありがとうございます。私もそう思います。娘が写真学校に通っていて、学校ではまた別のブランドを使っていましたが、αシリーズを見た彼女は「これがいい」と、卒業した瞬間に全部αに買い換えました。父親の会社のカメラというのは全く関係なく選んだ。それはすごくうれしかったですね。

――テレビやカメラが復活する中で、スマートフォンは苦戦が続いています。その中で、デジタルイメージングとスマートフォンを分けるのではなく、ソニーのリソースをモバイルに注入しようと決断されたことは光っていました。

 確かに、カジュアルな撮影の世界では、コンパクトデジタルカメラの市場をスマートフォンが奪っています。これは世界的なトレンドです。そのトレンドに逆らっても意味がない。社長に就任してから、コンパクトデジタルカメラ「サイバーショット」やビデオカメラ「ハンディカム」で培ってきた技術を、スマートフォンに入れることに力を注いできました。ソニーらしく撮影や撮像の機能では“ピカ一”のスマートフォンを作ることを目指しました。

 その戦略を加速できたのは石塚(現専務 エレクトロニクス・プロダクツ&ソリューション事業担当の石塚茂樹氏)が担当になってからです。ちょうど私から吉田(現社長兼CEOの吉田憲一郎氏)に社長をバトンタッチする議論が始まったころで、全員でこの決断をしました。

 アイデアとして技術を注入しようとか、協力体制を整えようと言うのは簡単ですが、実際にマネジメントがどうバックアップすべきか考えなければなりません。その結果、デジタルイメージングを担当していた石塚にスマートフォン担当役員というポジションも加え、カメラ部門の人的リソースも充てることにしたのです。

――技術を移すなら、人も移せですね。

 実際、カメラ部門のエース級の人材にスマートフォンを担当してもらうことによって、言うだけではなくて、会社の人的なバックアップもあるというメッセージにもなったと思います。これを実行することで、デジタルイメージングで培った、商品企画力やアイデアを、これからスマートフォンにどんどん投入できると思っています。

――デジタルイメージングとスマートフォンのパイの奪い合いは心配されていませんか。

 結局、奪い合いにはならないんですよね。たとえあったとしても、ソニーのカメラからソニーのスマートフォンに移行してくれればいいと思っていて、それでプラスマイナスゼロかなと。

 ただ、スマートフォンという選択肢が自社にないと、本当にそのユーザーを失ってしまうことになります。ソニー内で、カテゴリを移動することは、ある意味ベストだと考えています。

苦しい時期だからこそ立ち上げた2つの新規事業

――こうした既存事業に加え、新規事業を数多く立ち上げられました。こうした新規事業の種はどうやって探してきたのですか。

 私は元々ソニーのエレキの人間ではないんですね。なので、厚木(厚木テクノロジーセンター)に足を運ぶのがとても楽しみなんです。厚木はエレクトロニクスビジネスの根源となる創造性が発揮されている場所だと強く思います。厚木に行けば新しい発見があるし、商品の発想も沸いてくる。「こんなのつくったのですが、見てくれますか、こんなこともできます」と、デモしてくれるのを見るのが、本当に楽しい。

 厚木でいろんな素晴らしい技術をみて、私からすると素晴らしいから、ちゃんと商品になると思っていた。でも実はそうじゃなくて、それはあくまでも技術的なデモであり、商品になるかどうかわからないと言われる。それではあまりにも、もったいないと。そこで、その時に少しわがままを言わせてもらって、社長直轄の事業部を立ち上げて、商品化することにしました。

 超短焦点4Kプロジェクター「LSPX-W1S」などは、ここから商品化につなげました。厚木に遊びに行ったとき、見せてもらったのが、147インチの超短焦点4Kプロジェクター。スクリーンでなく、そのまま壁に投射しているんです。街中のライブ映像を4Kで撮って表示していましたが、すると、もう「街の中にいる」感じなんですよ。銀座のソニービルの前の数寄屋橋の交差点だったり、ニューヨークのタイムズ・スクウェアに、立っている感覚なんです。

 今までにない面白い体験で、これはぜひ商品化しようと言うと、今のプロジェクター事業部にそんな余裕はないと言うのです。そこで社長直轄で引き取りました。事業部の人間からみれば、思うところはあったと思いますが、「社長がやっているからしょうがいないな」と(笑)。

 当時は経営的に厳しい環境だったので、既存事業部では売れるのか、コストはどうなのか、マーケットシェアは取れるのかを追求せざるを得なかった。しかしそこに集中してしまうと、会社が良い方向に振れた時に、売る商品がない状態に陥ってしまうんです。苦しい時だからこそ、社内外に元気なソニーはここにあるということを伝えたい。本当に元気になたっときに素晴らしい商品がないのではいけない。ブランドを毀損してはいけないのです。将来に対する投資です。

――もう一つ、Seed Acceleration Program(SAP 現Sony Startup Acceleration Program)もスタートされました。

 若手社員を月イチペースでいろんな部門から10人前後集めて、お弁当を食べながら、好きに語ってもらっていました。私は黙って聞いてるから、ずっとやってて、と。その時に、よく耳にしたのが、「自分は素晴らしいアイデアを持っているのに、どこに持ちこめばよいのか分かりません。直属の上司にやりたいと言っても、『今そんなことしている場合ではないだろう』とか、『それは ××事業部の範疇で、お前の仕事じゃない』などと言われてしまいます」という声でした。別の事業部のアイデアを持っていても、どうしていいかわからない。ソニーは自由闊達な会社だと思っていたのに、事業部が違うだけでアイデアの持っていき場所がないことを知り、驚きました。しかもこの意見は、何回も出てきたんです。

 このエネルギーは、なんとかしないといけないな、と。そのまま放置すると、社員のモチベーションが下がってしまう。しかしただ単に駆け込み寺的な場所を作っても、一時的なものにしかならないだろう。やるのであれば、アイデアを最後まで見届けるメカニズムをきちっと作る必要があると思いました。アイデアを評価して、良いものはブラッシュアップして商品化にまで持っていく事業的なメカニズムをつくらなければいけない、ということで、当時の私のスタッフと戦略スタッフが議論を重ねた結果、始めたのがSAPです。

――社員が持つアイデアを吸い上げる仕組みですよね。その仕組みがないと結局会社をやめてしまったりする。

 本当にそうなんです。実際にやってみると、SAPは新しいビジネスのチャレンジだったと思います。大企業の中でイノベーションをどう起こすかという知見も溜まりました。話題になった商品も出てきました。いくつ売れたとかもありますが、ソニーはこういう新しいことやる会社なんだと内外にアピールすることがとても重要だと思いました。なにより嬉しかったのは、SAPのアイデア自体を他社にもっていって、ちゃんとビジネスにつなげられたことですね。いろんな会社から問い合わせがありました。大きな会社の中でどうイノベーションを起こすかは大きなチャレンジですね。

――京セラさんがSAPを採用しました。新規事業の立ち上げが難しい中で、画期的な動きでした。さて、常に数年後を考えた経営をされていましたが、現時点でも強いイメージセンサーはどのように捉えていますか。

 現時点ではスマートフォンの需要がかなり大きいですが、将来的にはイメージセンサーを必要とするデバイスは広がっていくと思います。中でも自動車は大変大きなポテンシャルがある。ただ自動車産業は品質、スペックの要求が民生用とはかなり異なります。素晴らしいセンサーができたから、納品しますよと簡単にはいかない。数年後にきちんとビジネスをしたいならば、今から仕込まないといけません。

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