2004年からソフトバンクで新規事業を手掛け、2006年からCCC(カルチュア・コンビニエンス・クラブ)で配信事業を手掛けた後、ソフトバンクに復帰。当時は日本初上陸のiPhoneマーケティング戦略を手掛けてきた大野泰敬氏は現在、社会や企業が抱えている問題を技術とアートで解決するスペックホルダー代表取締役社長として、ニチレイ、ロート製薬、リコー、その他大手通信会社、自動車会社などさまざまな大企業・団体で活躍中である。2019年2月19~20日に開催予定の「CNET Japan Live 2019 『新規事業の創り方--テクノロジが生み出すイノベーションの力』」にも登壇する大野氏に新規事業創出にまつわる多様な話を伺った。聞き手は朝日インタラクティブ 編集統括 CNET Japan編集長の別井貴志が務めた。
――スペックホルダーについて教えてください。
ウェブサイトもないのにクライアントは大手ばかり(笑)。周りから見ると「謎」でしょうね。確かに働き方も変わっていますし。スペックホルダーに社員は存在せず、案件ごとにフリーランスや副業の人々を集めてプロジェクトチームを編成し、案件が終われば解散します。
集めるスタッフはその道のプロフェッショナルを招集し、アウトプットの品質を維持してきました。秘書も経理もサポートスタッフもオンラインでつながっています。各案件ごとに対応できるよう常時数十人体制を構築しています。
――となると外部スタッフの選定が重要ですが、どのように見つけていますか。
人づてで紹介してもらうか、過去に仕事をした方ですね。そうでないと案件を頼むことにリスクが発生するため、私が直接見つけた方に限定しています。
――スペックホルダーの仕事を一言で表現すると、どのようなものでしょうか。
「新規事業創出のサポーター」ですね。新規事業創出のため必要な活動とメンター(指導者・助言者)として社員教育まで手掛けてきました。私はコンサルティングに対して、キレイな資料を納品して終わりという印象を持っていますが、我々は社員の教育レベルが向上するまで共に行動します。過去には顧客となる企業から名刺やIDカードまで付与して活動するケースもありました。
――新規事業創出案件を顧客社員と共に進める上で、心掛けていることは何でしょうか。
「全部やらない」ですね。すべてに手を出すと私の知見となりますが、彼ら(社員)の知見に結びつきません。作業としては請け負いますし、判断材料やヒントは提案しますが、新規事業の戦略出しは共同で作ったり、顧客側に任せたりします。
独立当初はプロモーションやマーケティング支援が多く、平行して投資なども挑戦してきましたが、失敗したり、損失を背負うことになりました。損失をどう穴埋めすればいいか。逆算して換算すると、今の働き方では返せないんですね。
――「危機感」ですね(笑)
そう、圧倒的な危機状態なんです。毎月何百万というキャッシュが手からこぼれ、このままだと倒産する未来しか見えませんでした。自分にしかできないことは何か考えました。振り返ってみると新規事業は成功することもあれば、失敗することもある。だけど、100%成功したことがある。それは経営層を説得し、予算を獲得し、事業を作ること。その作業ができない人が多く、それをサポートすることがビジネスになるのではないかと仮説をたてて、作り上げたのが今のスタイルです。
――最初の請け負った案件は何ですか。
大手食品会社の案件でした。後の製薬会社や大手通信会社などの大企業案件につながりますが、東北地方の支援活動中にとある国会議員と知り合いました。そのまま活動を続けていたところ、安倍首相(内閣総理大臣 安倍晋三氏)に会える機会があり、彼のご自宅でプライベートイベントを主催していると、各省庁や内閣関係者とも知り合い、彼らの悩み相談に無償対応したんです。そのなかに農水省に出向されていた食品メーカーの方がおられ、社に復帰する際、新規事業創出のサポートをしてほしいと依頼を受けました。これが最初ですね。
そこからとあるイベントに参加した際、司会の方が大変困っていたんです。50社前後の経営/マネージャー層が集まる会議で、司会の方がまとめきれずに議論が紛糾してしまいました。そこで司会の方の代わりに急遽私がファシリテートしたところ、その対応方法を見て参加していた大手企業の方からお声がけいただいた次第です。実は他の企業案件も営業活動はほぼ行いません。アドバイスから案件につながる形が大半ですね。
――ご自身では語りにくいと思いますが、なぜそれほど評価されるとお考えですか。
2つあります。1つめは過去の失敗でしょうか。たくさん事業を作ってきました。自分で考案したもの、会社から言われたものなど、ジャンルもさまざま。新規事業ではいくつかのフェーズに合わせていろいろな問題が発生します。そのフェーズごとにどう課題解決したのか、なぜ失敗したのか。そのあたりの苦難や発生した場合の実戦での対処方法は、企業にとって参考になるのかと思います。
もう1つは新規事業創出を通せる力でしょうか。論理的に物事を分析・整理して、正しく説明するための資料作成能力が欠かせませんが、意外と能力を持っている方は多くありません。そこに気づいてサポートするように心掛けています。
同じ文脈ですが、「どうやって経営層を説得するか」を体系化できていない方も多いですね。たとえばPowerPointで作成した資料も見栄えが重要ではありません。「ウチの会社は(新規事業の企画が)通りにくいんだよね」「上司が聞いてくれません」と言われる方も少なくありませんが、上司側から見れば(キレイにまとめた資料を見ても)「これでは判断できない」となります。
私が見てきたなかでは、新規事業に取り組む熱意はあっても資料に落とし込めておらず、「いくらもうかる?」「儲かるなら他社はなぜやらないのか?」といった言葉に対する判断材料を用意していません。単純にテクニックの問題ですが、プレゼン関連の書籍を一通り読みましたが、このテクニックに言及し、実践で使えるものはありませんでした。そこで自分で使えるテクニックやフレームワークを考え、それを(スペックホルダーの)企業研修やアドバイスなどで使っています。今回のイベントでも、その一部をご説明する予定です。
――なるほど。とある企業の新規事業創出例では、資料をA4用紙1枚に変えたら物事が進むといったケースがありました。アイデア提案と事業提案ではフェーズが異なりますが、その場面におけるテクニックはありますか。
私も事業計画書ではなく、「ビジネスモデル」を重視しています。事業計画書とどんなににらめっこしても、実際やらないとわからない。大事なのはビジネスモデルです。シンプルで構いませんから、売り先はどこで、誰が買うのか?ライバルは誰で、いくらでうるのか?などを明確にしないと、その後は何もできません。(新規事業の企画を)シンプルに説明できないということは、(当人が)頭のなかで整理できていないことになります。
A4用紙1枚でも文字情報が多く分かりにくいケースとか。経営層は忙しいときは1枚しか目を通しません。私が説明する際は相手が課長なのか部長なのか経営層なのか、また、持ち時間によって説明する内容は変えています。
――新しいことをやる方に共通しているのは、「モチベーション」「とにかくやりきる」「情熱」といったキーワードを掲げる点です。大野さんにとって新規事業挑戦者に必要なのは何でしょうか。
同じく「情熱」ですね。情熱は「目標」があるから生まれます。目標があれば困難な壁に当たったときにでも、壁を乗り越えて先に進むための糧となるでしょう。
なぜ目標が大事かと言えば、新規事業に取り組むと必ず社内から攻撃されるからです。既存事業に属する方々からすれば、異なる事業が(自社に)降ってくることに抵抗感を覚えるのでしょう。
新規事業に取り組むと、悪口を始めとしたマイナス要素をぶつけられるため、それを気にせず突き進むために目標が欠かせません。失敗したこともいつまでも非難され続けるために、傷つきやすい方には向いていません(笑)。新規事業創出で成功している方は、「いつ(所属企業を)辞めても良い」という強い意志を持っています。そうでないと新規事業は創出できません。
――目標は人や立場、状況によって異なります。売り上げというケースもあれば、世の中を変えたいというケースもありますが。
後者ですね。社会の課題を解決したいという思いが大事です。今となっては大企業のパナソニックや本田技研工業などの成長の背景には、当時の経営者の「日本を助けたい・生活をよくしたい」と社会を変えたいという強い思いがありました。戦後の食料困難を解決するため、冷蔵技術を研究・開発したニチレイの歴史を見ると感動します。昔の大企業、目標があるからこそ、企業が危機状態にあっても踏ん張れるのだと思っています。だからこそ、私は社会を変えたいという強い想いが、企業を成長させるものだと信じています。
CNET Japanの記事を毎朝メールでまとめ読み(無料)
ZDNET×マイクロソフトが贈る特別企画
今、必要な戦略的セキュリティとガバナンス
ものづくりの革新と社会課題の解決
ニコンが描く「人と機械が共創する社会」