動画の視聴中に目を引いたアイテムがあったり、気になったBGMやロケ地について知りたくなったりした時、どうするのが正解だろうか。その物自体の名前がわからなければ検索のしようもない。ひたすら似た画像を探すか、あるいは動画に質問コメントを残すか、SNSやQ&Aサイトで詳しい人の回答を待つか……。しかし、そんな時代は近いうちに終わりを告げるかもしれない。
国内外の放送・映像事業者やアパレルブランド、教育系企業、さらには自治体など、さまざまな業界でにわかに注目を集めているのが、パロニムの提供するインタラクティブ動画「TIG(ティグ)」だ。動画内に映っている人物や着ている服、建物など、“気になる箇所”にタップするだけで、その情報に即座にアクセスできる。
事業として本格稼働しはじめたのは1年ほど前で、手がけてきた動画数は約350本とまだそれほど多くはないものの、テレビ局各社や携帯キャリア、人気ブランドなどに採用され、従来にない高い広告効果を生み出しているという。TIGとはどのような仕組みのサービスなのか、パロニム代表取締役の小林道生氏と同取締役CTOの上田真也氏に話を聞いた。
TIGを利用する事業者は、最初に動画中に現れるアイテムや背景、そのほかの要素に対して、タグ付けならぬ「TIG付け」をして、生成された動画URLを自社の公式SNSやウェブサイトに埋め込む。
その動画を再生したユーザーが気になったアイテムに触れる(タップする)と、アイテムを表すアイコンが画面右側にストックされていき、いつでも好きなものを選んで関連するサイトなどにアクセスできる。動画の中で見つけた商品のメーカーや名前などを知らなくても、確実かつスムーズに、自分の好きなタイミングで情報が得られるわけだ。
TIGの効果が最も高い用途の1つは商品広告だ。例えばオンラインショップのベルメゾンでは、商品紹介の動画を作り、YouTubeに掲載した場合と、TIG動画を貼った場合のABテストを実施。スマートフォンからのアクセスでは、TIG動画のコンバージョンはYouTube動画の約5倍を記録したという。
CTRについても驚異的な結果を叩き出している。TIGが管理する動画コンテンツ全体の2019年3月の平均CTR(ユニークユーザーによる再生回数のうち何%がストックしたページにアクセスしたか)は、なんと42.7%。「1万回再生されたら4270ページに飛ぶということ」(小林氏)。さらに、TIGを導入しているテレ朝動画のネット番組「ももクロChan」では、24分間もの尺があるにもかかわらず、「最後まで見た人が25%近くいて、CTRは45%。異常なくらい高い」効果が出ているという。
動画の広告的な価値を高める以外にも効果があるという。「今は“とにかく動画を作ろう”という時代だが、商品が100個も1000個もある企業が、それと同じ数だけ紹介動画を作るのは不可能に近い。映像制作のコストがかかりすぎる。だったら1~2分程度の動画の中で複数の商品をまとめて紹介したほうが映像制作費が削れる」と小林氏は話す。
このサービスが生まれた背景には、小林氏の経歴が大きく影響している。2003年から2011年までの8年間、ソフトバンクでテレビ映像の伝送回線を取り扱う部署にいた同氏は、「ドラマや情報番組で取り上げられると、信じられないくらいのスピードで、ものすごい量の購買が生まれる」ことを目の当たりにし、“映像の強さ”に衝撃を受けたという。
そこで、2008年にソフトバンク社内の新規事業公募に対して、現在のTIGの原型となるアイデアをぶつけたものの、二次選考で落選した。「アイデアの入り口は素晴らしいとは言われたが、我々はインフラ屋。ネットに出ていった時にどういう(インフラ屋が関われる)商圏があって、そこで人々は何を見て、どういう行動をするんだ、という出口がまったく分かっていなかった」と振り返る。
それでも、「動画内のさまざまな要素に情報を付加できる世界を作りたい」という気持ちは、小林氏の中で高まっていった。「テレビを見ている時に、この人誰だっけ、それって何だっけと思ってから検索をするのはめちゃくちゃ面倒。この店に行きたいなと思っていても、3分後にはお店の名前を覚えていないこともある」(小林氏)。
その後も「アイデアがどんどん肉をつけ、熱量も上がった」ことからソフトバンクを退職。「“検索をなくす”ことができたら、それはものすごく大きな1つの文化や習慣になる。動画の中にあるものを調べるという不便性を変えられないか」という思いが募り、パロニムを設立した。そして、上海の開発会社などの協力を得ながらTIGの開発をスタートしたという。
さらに、吉本興業の代表取締役社長である大﨑洋氏と出会い、「日本のエンターテインメントコンテンツは力があって面白いが、なかなか世界に出ていけない。それは言葉と文化の壁があるからだが、TIGがあれば言葉の壁を圧縮できる」と同氏からの賛同も得られ、出資を受けることにもつながった。
しかしながら、2017年夏頃から売り込みをかけるも、「月に20~40件ほどアポを入れて、半年間で受注ゼロ」という大ブレーキ。途方に暮れそうになった矢先、最初に導入が決まったのが、スポーツアパレルの人気ブランド「THE NORTH FACE(ザ・ノース・フェイス)」のプロモーション動画だった。
これを機に大手映像配信会社やテレビ各社、NTTドコモ、ソフトバンクなどの携帯キャリア、米国のサーフブランドBANKS JOURNALなどの導入が相次いで決まり、2019年3月までの約1年間でおよそ350本ほどの動画コンテンツに採用されるに至った。東京ガールズコレクションやパリ・コレクションといった著名ファッションイベントでの採用も、その後押しに貢献したという。
「TIGは単に動画に触れて物を買えるだけじゃない。たとえば観光系の動画。訪日外国人が動画を見ながら、ここ行きたい、これ何だろうというもの(通常は複数のアプリに散在しがちなブックマーク)を動画の中で一元管理できる」(小林氏)。こうしたメリットが評価され、すでに杉並区、千葉県、徳島県、佐賀県、熊本県など自治体の観光PR動画などでもTIGの採用が進んでいるという。
パロニムが今後の重点領域とみている教育分野でも、TIGの効果が高いことが明らかになってきている。1年以上実施している東京理科大学との共同研究では、レゴブロックの組み立て手順を動画化する際に、わかりやすい説明書データにいつでもジャンプできるようにしたことで、紙の説明書と比べて完成までの平均速度が明確に向上したという。
最短で組み立てた人と最も時間のかかった人の差も小さく、さらには何度も繰り返し組み立てた場合、TIG動画を参考にした人は平均して3回目でほぼ「最適解」に到達。紙の説明書では、そのレベルに到達するまで時間がかかり、できる人・できない人の差も大きかった。小林氏はTIG動画を教育にうまく活用することで「落ちこぼれがいなくなるのでは」と考えている。
大学などの研究現場でも、TIGによって動画の情報を補足できると考えているという。近年は政府から実験内容の動画記録が推奨されているものの、小林氏によれば「大学の教授は動画を作るプロではないため、難しい」と話す。例えば、指などに隠れてしまったところがあれば、そこが見えるように撮り直す必要がある。こうしたミスを防止するには定点カメラを複数用意しなければならないし、撮影したところで編集する人手が足りない。しかし、TIGで補足を入れる形にすれば「1カメ」かつ「一発撮り」でも問題なく、動画編集は最小限で済む。
誰でも気軽に、さまざまなものを入手できるようになったインターネット通販の普及も、TIGにとっては好機となっている。なぜなら、消費者から商品のコールセンターへの問い合わせが増加しており、その解決策の1つとして、TIGを用いた動画マニュアルのニーズが高まっているからだ。「説明書を見て、2分経ってもわからないと電話する消費者が多い。電話する頻度が高いだけでなく、1人当たりの対応時間も長くなっている」(小林氏)という。TIG動画を使った詳しいマニュアルをあらかじめ作成しておけば、「これを見て」と返すだけで済むようになる。
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