これはサンダンス映画祭でのことだ。筆者が子ども部屋でうっかり1匹のねずみを殺してしまうと、人気のYouTuberであるPoppyさんが姿を現し、残りのねずみたちに反乱を命じた。筆者は自分自身を犠牲にするか、壁の隠されたパネルの後ろにあるケージに囚われている男の子を殺すかという、究極の選択を迫られることになった。まるでその場に本物の子役がいて、ケージの中から筆者の目をのぞき込んで瞬きをしたかのようだった。
ここに登場したPoppyさん、男の子、そしてねずみたちは、拡張現実(AR)ヘッドセット「Magic Leap」がデジタルの魔法で筆者の目前に出現させたものだ。しかし、その状況が偽物に感じられたわけではない。頭ではこれは作り物だと理解していても、筆者の中の母性本能は、「ダメ!殺すならわたしを殺して!お願い!」と叫んでいた。
Magic Leapは、この種のものとしては世界でも最も潤沢に資金が投入された製品の1つだが、長い間何も発表されない状態が続き、世間では懐疑的な意見が投げかけられることも多かった。しかし、米ユタ州パークシティで開催されたサンダンス映画祭では、このヘッドセットがその力を見せつけた。Magic Leapを中核的な技術として使った作品は3つ出品されていた。そのうち2作品はMagic Leap自身が発表したもので、これらはどちらも、完璧に磨き抜かれた作品だったと言っていいだろう。そのうちの1つであるデジタル人間の「Mica」は物怖じしない目で筆者を見つめ、もう1つの作品では、シェイクスピア俳優のミニチュアホログラムが、苔に覆われた丘の上で、シェイクスピアの名作「お気に召すまま」の有名な一人芝居の場面を演じた。
しかし3つ目の作品である、不安を煽るねずみの実験を扱った「A Jester's Tale」は、Magic Leapの外部で作られた作品だった。この作品は破壊的で、不具合も多く、筆者が失敗するようにデザインされていた。どの作品が一番強く印象に残ったかは、読者にも想像が付くだろう。
A Jester's TaleのクリエイターであるAsad J. Malik氏は、 1月の映画祭で行われたインタビューで、「一般に、ARや仮想現実(VR)で作られた作品の多くは、非常にクリーンで品がよく、可愛らしく、スムーズで誰もが楽しめる作品になっている」と述べている。「わたしはそれはやりたくなかった。われわれは、ARで常道から外れたものを作ろうとしている」
誤解はしてほしくないのだが、周囲の物理環境にデジタル的に生み出されたものを投影するAR・複合現実(MR)や、完全にデジタル的に作られた世界にユーザーを没入させるVRでは、一般大衆に対するアピールは重要だ。Magic Leap自身は、賢明にも部屋の中をよちよちと歩き回る「スター・ウォーズ」のキャラクター「ポーグ」や、ロボットと戦うFPSゲームなどを題材にしている。
しかし、YouTubeを作った人たちが、ゲーム実況動画やASMR動画など数多くの不思議なジャンルの流行を予想できなかったように、Magic Leapのような新しい技術からどんな体験が生まれるのかを探るためには、テクノロジを外部のクリエイターの手に委ねる必要がある。A Jester's Taleは、外部の人間がMagic Leapにどんな影響を与えるかを垣間見せた初期の例の1つだと言えるだろう。
Magic Leapは、入り込める可能性のあるあらゆるジャンルに進出していく必要がある。YouTubeには膨大な数の視聴者がおり、それがクリエイターを吸い寄せたが、ARやVRにはまだコンテンツから利益を得るための道筋ができていない。そもそも、Magic Leapのヘッドセット自体が2295ドル(約25万円)と高額だ。
Magic Leapの名誉のために書いておくが、同社はすでに、外部のクリエイターや開発者の重要性をよく認識している。同社が最初に発売したヘッドセット「Magic Leap One」は「Creator Edtion」とも呼ばれており、一般的な利用者よりはクリエイティブなタイプのユーザーを意識したものだ。
同社はMagic Leap Oneを目玉が飛び出るような金額で、しかもクリエイティブ業界やテクノロジ業界の人材が集まるいくつかの都市(シカゴ、ロサンゼルス、マイアミ、ニューヨーク、サンフランシスコ・ベイエリア、シアトル)でのみ発売した。この製品には、係員が自ら家まで配送してセットアップをしてくれるサービスまで付いている。こんな売り方をしているのは、Magic Leapをまず(いずれ一般大衆を惹き付けることになるかもしれない)何らかの体験やコンテンツを生み出す能力を持った人々に届けるためだ。
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