2019年不動産テックの行方(後編)--スマート仲介など4つのトレンドを予想 - (page 2)

川戸温志(NTTデータ経営研究所)2019年01月18日 08時30分

(3)日本版MLSの登場

 日本の不動産テックの普及拡大のアキレス腱が、不動産情報基盤の整備遅れだ。米国で爆発的に不動産テック(海外ではPropTechやRealEstateTechと呼ばれる)が広がった背景にはMLSの存在がある。MLSとはMultiple Listing Serviceの略で、物件情報などの不動産データベースである。エリアごとに民間のMLS運営会社が運営しており、物件の成約価格や広さ、売買履歴や修繕履歴、固定資産税や課税評価額、ローン借入額、登記情報などを会員であれば誰でも閲覧することができる。物件情報だけでなく、周辺地域の情報や地盤情報、市場分析レポートなども入手することができる。

 日本でMLSに該当するのがREINS(レインズ)だが、REINSには課題が多い(図表4)。1点目として、日本中の不動産情報としての網羅性の欠如が挙げられる。REINSは、一般媒介契約の物件は登録義務が無いため物件情報が登録されていない。さらに空き家、農地・森林、公的不動産などは登録されていない(別機関のデータベースにて管理されている)。

 2点目として、データ項目の不足が挙げられる。2016年より「性能」、「建物検査」、「住宅履歴」、「リフォーム状況」、「取引状況管理」の項目が追加されるものの、「ハザードマップ」、「学区情報」、「犯罪情報」、「周辺施設」、「町内会情報」、上下水道やガスなど「インフラ情報」などのデータ項目はない。さらに固定資産税、都市計画税、相続税などの税金に関するデータ項目もない。

 3点目として、登録率の低さが挙げられる。これは、登録必須の項目が少ないという言い方もできる。登録時の入力項目は約500項目あるが必須項目は、「売り出し価格」、「占有面積」、「住所」、「間取り・部屋数」、「取引形態(専属、専任、一般)」の5項目だけだ。リフォーム費用を大きく左右する「建築工法」、「増改築歴」といった項目の登録率は50%未満という状況である。

 4点目が情報鮮度の低さが挙げられる。MLSが契約後24~48時間以内の登録義務なのに対して、REINSは1~2週間以内の登録のため、情報の更新頻度が低いためタイムリーな情報が取得できない。5点目として、公開APIが挙げられる。米国には約800ともあると言われるエリアごとのMLSのデータベースを集約、統合しているListHubと呼ばれるデータベース会社がある。ListHubは、不動産広告会社や不動産仲介会社などへ公開APIを通じて最新の物件情報などをほぼリアルタイムで提供する。これに対してREINSは外部公開されたAPIは存在しない。

 こうした不動産情報基盤に対する課題に対して、国交省はREINSに物件情報だけでなく住宅履歴情報やマンションの管理状況など多くの情報を紐づけ、一覧できる不動産総合データベースを推進しているが道半ばである。

 国主導の取り組みよりも民間主導の取り組みのほうがスピード感もあり、先に実用化される可能性が高い。前述のADRE不動産情報コンソーシアムや不動産テック協会以外にも一般社団法人データ流通推進協議会(Data Trading Alliance:略称DTA)も存在する。日立製作所やオムロン、ソフトバンク、EverySenseジャパン、日本データ取引所など100以上の企業でつくるデータ流通推進協議会は、内閣官房情報通信技術(IT)総合戦略室、総務省、経済産業省における各ワーキンググループの検討を経て2017年11月に設立された。企業やデータ取引会社の枠を超え、横断的にデータ検索、取引ができるガイドラインや具体的な方法の検討に着手している。

 不動産以外の業種でもデータの流通やオープン化が急速に進んでいる。2018年に入り、エブリセンスジャパンやオムロンなどが取り組むデータ取引所事業には博報堂DYも参入を決定した。三菱UFJ信託銀行などをはじめ情報銀行の取り組みが盛んに行われるようになり、10月には総務省が情報銀行の事業者認定説明会を実施している。Yahoo! JAPANも検索やメディア、ECなど同社のサービスで蓄積したデータを、企業や行政のデータと組み合わせ、新商品開発などにつなげる取り組みを始めた。

 不動産業界でも各不動産会社は自社で大量のデータを保有しており、一定のルールや枠組みがあればデータの連携には前向きであると各社口をそろえる。そういう意味で、ADRE不動産情報コンソーシアムも不動産テック協会の情報化・IoT部会もデータ流通推進協議会も目指すところはデータのオープン化と集約化であり、この潮流の先にある日本版MLSとも呼ばれる共通データベースの登場も遠い未来ではないだろう。

(4)スマート仲介

 米国では不動産の取引プロセスは、すでにデジタル化されている。一般的に仲介エージェントは、全米や各エリアの不動産協会、所属する仲介会社が提供する業務支援ツールを利用することで、対面でお客様の元に出向くことなくオンラインで契約を締結できる。業務支援ツールは、MLSの物件データと連動して自動的に契約書を作成する「zipForm(ジップフォーム)」や電子署名の「DocuSign(ドキュサイン)」、ほかにもCRMシステムや案件の進捗管理を行うワークフローシステムなどが利用されている。

 前述のCompassも所属するエージェント向けに様々な業務支援ツールを提供している。例えば、完成度の高い提案書や物件紹介用のチラシ・パンフレットを簡単に作成できるMarketing Center(マーケティング センター)、リスティング広告やSNS広告などマーケティング分析ツールの「Compass Insights(コンパス インサイト)」、エリアごとの市場価格や物件価格などを把握できる「Compass Markets(コンパス マーケット)」などである(図表5)。

図表5 -Compassの業務支援ツール群-(出所: Compassの公式ホームページよりNTTデータ経営研究所にて作成
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図表5 -Compassの業務支援ツール群-(出所: Compassの公式ホームページよりNTTデータ経営研究所にて作成)

 このように仲介エージェントにとって、案件の確度を高め、効率的に行うことができる業務支援ツールの良し悪しは非常に重要であり、業務支援ツールやITサポート部門の充実度合いは仲介会社移籍の決め手となる。

 こうしたテクノロジーを武器にCopmpassは躍進し、米国の大手仲介会社Keller Williams(ケラー ウィリアムズ)はエージェントを中心に据えた不動産プラットフォームを提供するテクノロジー企業へと進化することを宣言し、変革に取り組んでいる。さらに近年では、Redfin(レッドフィン)、REX(レックス)、Reali(リアリィ)、Purplebricks(パープルブリックス)など新興系のプレイヤーが登場。新興系のプレイヤーは、テクノロジーを活用することでエージェントの力量に大きく依存することなく、ローコストかつ高回転で案件をさばくビジネスモデルである。

 日本国内では2017年に「IT重説」が賃貸取引のみ本格開始したばかりで、IT重説に対応している不動産会社はまだ一握りだろう。ただ、賃貸だけとはいえIT重説が解禁したことで、賃貸取引プロセスのオンライン化が実現可能となる。不動産ポータル上で物件を検索し、VR内見もしくはオンライン内見予約、スマートロックによる内見自動化、気に入った物件があればウェブ会議システムで重要事項説明、後は電子契約と取引プロセスを一気通貫でオンライン化することが可能だ。

 実際、VR内見のNURVE(ナーブ)は2017~2018年頃より急速に拡大し約5400店舗以上へ導入している。電子契約では「クラウドサイン」やDocuSign(、「IMAoS(イマオス)」、申込から契約締結の一連のプロセスを電子化した業務プラットフォーム「キマRoom! Sign(キマルームサイン)」などが広がり始めている。

 現在、消費者が不動産物件を探す際、まずはインターネットを利用するという人は8割とも9割とも言われている。前述のミレニアル世代は、非対面の内見やオンラインのやり取りに違和感がない。こうした世代がすでに不動産取引のボリュームゾーンであり、今後も増加していく。今はアマゾンで欲しい物を見つけ、ワンクリックで決済すれば、当日のうちに商品が届く時代だ。そう考えると国内でも賃貸だけでなく将来的には売買契約の完全オンライン化となる時代も遠くないだろう。

ITツールの導入課題は戦略と人

 経営視点で俯瞰すると、不動産取引にITツールやシステムを導入することも、オフィスの付加価値としてソフトウェア部分を強化することも、住宅の付加価値としてオンデマンドサービスと連携することも、誤解を恐れずに言えば難しくはない。ある程度の失敗への覚悟、一定の投資リスクなどに対するマネジメントのもとPDCAをクイックに何度も回せば、きっと実現できるであろう。課題は戦略と人だ。

 戦略面の課題とは、多くのビジネスチャンスのある不動産テックの世界において、「どの領域に注力して攻めるべきか?」、「その領域でどう戦うか?」である。特に「どう戦うか?」とは、「自社の強みとして何をいかすのか?」、「既存事業とのカニバリゼーションをどう乗り越えるのか?」、「他社とどういった面で差別化するのか?」、「新たな付加価値として何を提供するのか?」、「付加価値の対価としてどのような収益モデルを描くのか?」など戦略的に明らかにすべき論点は多い。

 さらに、不動産テックの世界はもはや不動産業界のプレイヤーだけでなく、異業種のプレイヤーも競合であり提携先ともなり得るため、アライアンス戦略も今後重要になってくるだろう。

 人面の課題とは、「ビジネスや業務が従来から大きく変化する中で、社員や組織、制度がついて来ることができるのか?」である。例えば、取引プロセスをIT化した場合、従来その業務に割かれていた人的リソースを別の業務へシフトしなければ、本来の狙った費用対効果は出ない。

 シフトされる社員もシフトされない社員も仕事のやり方を大きく変えていく必要があるだろうし、当然、組織評価や人事評価も変えていく必要があるだろう。こうしたドラスティックな動きに対して、これまで貢献してきたベテラン社員であればあるほど抵抗は大きい。多くの反発や抵抗があるなか、如何にシームレスかつスピーディーに推進できるかが経営陣の腕の見せ所だろう。

川戸温志

NTTデータ経営研究所 シニアマネージャー

大手システムインテグレーターを経て、2008年より現職。経営学修士(専門職)。IT業界の経験に裏打ちされた視点と、経営の視点の両面から、ITやテクロノジーを軸とした中長期の成長戦略立案・事業戦略立案や新規ビジネス開発、アライアンス支援を得意とする。金融・通信・不動産・物流・エネルギー・ホテルなどの幅広い業界を守備範囲とし、近年は特に不動産テック等のTech系ビジネスやビッグデータ、AI、ロボットなど最新テクノロジー分野に関わるテーマを中心に手掛ける。2018年より一般社団法人不動産テック協会の顧問も務める。

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