この連載は、不動産ビジネスにテクノロジーを活用したい不動産事業者と、不動産ビジネスにテクノロジーで切り込みたい不動産テック事業者を対象としたい。なぜなら、筆者は不動産テック企業の経営者でありつつも根っ子は”不動産屋”であり、いつも不動産側とテック側の両側面から不動産テックを見ているからだ。連載を通して、不動産テックカオスマップの12個のカテゴリーを、”不動産屋”でもある不動産テック経営者として、順番に語っていくこととする。
不動産テックカオスマップのカテゴリーに、「価格可視化・査定」がある。不動産テック協会から11月28日に発表された定義では、「サービス、ツール」とされている。そして、カオスマップには16のサービスが掲載されており、これまでの不動産ビジネスではできなかったことの実現を可能にしている。
不動産の価格は、不動産ビジネスにおける「情報格差」の大きな論点としてよく取り上げられるが、果たして不動産テックはこの問題を解決してくれるのだろうか。結論をずばり明かすと、「まだとても難しい」の一言である。
そもそも、不動産の価格や査定とはなにか。公的な価格だけでも5つもあり、1物5価(実勢価格、公示地価、固定資産税評価額、相続税路線価、基準地標準価格)と呼ばれている。そして、不動産ビジネスの現場では、「勘と経験と度胸」が、関係者のタイミングに応じて価格を決める際の重要な要素となっている。
不動産ビジネスは、「買える人が買う」、「売らなければならない人が売る」という厳しくもシンプルな世界である。「決算なので3月末までにどうしてもお金を使いたい」、「あの角地を押さえれば保有している隣地の価値が増える」、「急な転勤ですぐに売らなければならない」、「見た目の稼働率を上げるためフリーレント(賃貸借契約当初に無料で利用できる期間である。リーマンショック後の厳しいマーケットにおいては1年や1年半の長期のフリーレントが存在した)を6カ月も提供する」等、関係者の事情しだいで価格や条件は大きく変動する。
不動産は同じものが2つないため、どうしてもその不動産を売買したり賃貸しなければならない場合があり、最後は、「エイヤッ!」の「勘と経験と度胸」が必要になる。不動産売買ビジネスに長年携わっている筆者としても、これは当たり前のことであり全く違和感がない。この「勘と経験と度胸」で生じる価格差こそが儲けの源泉であるとすら考えている。不動産のプロが競い合っている収益不動産の売買においてさえ、「なぜあの価格で買えるの?」と、あっと驚く不動産取引によく遭遇する。
もちろん、一般の人々にまで、このような「勘と経験と度胸」の厳しい世界を押し付けることには違和感があるのも事実であり、実需目的の不動産売買や住宅賃料等には、相応な透明性も必要であろう。この部分においては、不動産テックは十分な役割を果たし始めている。
不動産の価格といっても、売買価格と賃料価格の種別の違い、実需不動産と投資用不動産の用途の違い、個人向けとプロ向けの関係者の違いなど、さまざまな価格がある。また、価格の算出方法についても、取引事例や現況査定を根拠にするものもあれば、収益予測に基づく価格を出すものもある。
不動産の価格を算定する不動産鑑定評価は、不動産の鑑定評価に関する法律第2条第1項に定められており、「土地若しくは建物又はこれらに関する所有権以外の権利の経済価値を判定し、その結果を価額に表示すること」とされている。つまり、不動産の鑑定評価は不動産の経済価値を金銭に見積もる行為全般を指している。この不動産鑑定評価は、評価方式(原価方式、比較方式、収益方式)や評価手順が詳細に鑑定評価基準に定められており、不動産鑑定士がさまざまな不動産の鑑定評価書を作成している。
このように、プロの不動産鑑定士が評価するのであれば、不動産の価格に差が生じないように思われるが、不動産ビジネスおける取引価格は関係者それぞれの事情が加味されるため当事者にとっての価格には相当な差が生じる。
「買い急ぎ」や「売り急ぎ」のような、関係者のタイミングの問題も価格に影響を与える要因であるが、ほかにも当事者にとっては合理的な特別価格(他者にとっては意味がわからない価格)を出せることがある。
例えば、特定の地域や特定の用途の不動産経営に強いノウハウをもった会社、既存テナントの追い出し等に特殊なノウハウをもった会社、スペースシェアリング等で通常とは異なる付加価値を提供できる会社などは、ほかの不動産会社より高い値段で購入することが可能となる。
不動産の値付けを行う会社は、まさにこのような自社の特殊事情をにらめっこしながら、「勘と経験と度胸」も駆使しながら価格を決定している。不動産は「買えなければゼロ、売れなければゼロ」であり、ここぞというタイミングで思い切った決断がなされる所以である。
不動産テックがこのような特殊事情をふまえた価格を算出するレベルにまで到達した場合は、不動産の価格の透明化は一気に進むだろう。AIが当事者のさまざまな事情を分析し、ビッグデータから「買える価格」や「売れる価格」を算出できるようになれば、「勘と経験と度胸」の出番も減ってしまうだろう。しかしながら、不動産に関する定量的な情報ですら十分データ化されていない現状に、さらに関係者の定性的な情報までをもデータ化するにはまだまだ時間がかかるであろう。実は、不動産事業者は非常に「複雑なゲーム」をサバイバルしているのだ。
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