伊勢の老舗食堂がAI来店予測ソリューション提供企業「EBILAB」に5カ月で大変貌:後編

別井貴志 (編集部) 井口裕右2018年06月20日 08時00分

 三重県の伊勢神宮のほど近くで100年近くの歴史を持つ「伊勢ゑびや大食堂(有限会社ゑびや)」は、AIやビッグデータ、BI ツールを駆使した「予測的中率90%超」という来客予測・マーケティング効果測定による事業予測ソリューションを自ら開発し、導入前後で売上4倍、利益率10倍、平均給与5万アップという実績をたたき出している老舗企業だ。

 そしてこの度、その老舗企業が株式会社EBILABを設立し、自社で活用してきた来客予測・マーケティング効果測定ツールをリテール店舗経営変革のビジネスツール「Touch Point BI」として提供を開始した。前編ではTouch Point BIの概要を伝えたが、後編ではさらなる詳細や戦略、開発に至る想いなどを紹介する。

 聞き手は同社にテクノロジの基盤を提供している日本マイクロソフトの執行役員 最高技術責任者である榊原彰氏が務め、EBILABのCEO 事業クリヱイターである小田島春樹氏、EBILABの最高戦略責任者 兼 最高技術責任者 ヱバンジェリストである常盤木龍治氏に聞いた。

“IT起点で考えない”という開発思想

榊原氏:Touch Point BIは、現在どのような開発をしているのでしょうか。

小田島氏:現在では、来客予測と連携して、自動発注を行うシステムの開発を進めています。具体的には、飲食店などでデータによる来客予測、メニューごとの販売数予測から発注すべき材料の量を割り出し、自動的に仕入先に発注のメールやファックスを送信するというものです。発注を受ける側がシステムを導入しなくても業務が円滑に進められるような仕組みを想定しています。例えば、発注先に黒電話(昔のダイヤル式電話機)しかなかった場合に、どのように発注を自動化するかなどを検討していますね。

EBILABのCEO 事業クリヱイターである小田島春樹氏
EBILABのCEO 事業クリヱイターである小田島春樹氏

常盤木氏:私たちが、IT起点で考えていないからこそ考えられることではないかと思います。IT起点で考えると、どうしても相手にもITを入れてもらわなければという先入観が働きますが、私たちは既存のプラットフォームをどう活かしていくかを考えています。発注を受ける相手が、ITが介在しているということを知らなくても今までどおり業務ができることが理想ですね。

榊原氏:発注価格に関してはどのように管理していますか。例えば、野菜などでは気候などによって季節変動の幅は大きいですよね。

小田島氏:ゑびやでは基本的に価格の変動に合わせて発注の内容を変えるということは、あまりしてきていませんね。

常盤木氏:これはゑびやの特殊性なのかもしれませんが、私たちは生産者の“言い値”で仕入れるということをこれまでしてきているのです。

小田島氏:私たちとしては、生産者に価格交渉するというのは販売者の自分勝手だと思うのです。生産者としては燃料価格の高騰や気候変動など様々な事情で商品値段を上げる必要が生まれますが、「じゃあ、私たちは買えない」というのは乱暴なのではないかと思うのです。良いときも悪いときも一緒に歩んでいくのが生産者と販売者の理想的な関係だと思います。なので、仕入れ値には注力をせずに、仕入れコストが高いときでも利益を生み出すことができる付加価値などの仕組みを販売者が考えることが重要ではないかと考えています。

常盤木氏:こうした考えによって、ゑびやには生産者の皆さんから本当にいい食材を提供してもらっていますね。そして商品=メニューの価値が上がることで、顧客単価も大きく向上するという好循環を生み出しています。

EBILABの最高戦略責任者 兼 最高技術責任者 ヱバンジェリストである常盤木龍治氏
EBILABの最高戦略責任者 兼 最高技術責任者 ヱバンジェリストである常盤木龍治氏

榊原氏:来客予測の仕組みは、スタッフのオペレーションにも活用しているのでしょうか。

小田島氏:そうですね。スタッフのシフト効率化やオペレーションの最適化にも来客予測を活用しています。例えばゑびやでは、飲食店の閑散時間帯には店舗の応援をしたり、商品のラベル貼りなどの作業をしたりすることで効率よくスタッフの生産性を高めたり、混雑時間帯に向けた仕込みをしたりしています。

常盤木氏:来店予測のデータを見れば、どの商品がどの時間帯にどれくらい売れるかの予測も確認できるので、それを見越した仕込みや接客準備を事前にしておけるというのは大きいですね。

小田島氏:加えてゑびやでは、この来店予測をもとにしたオペレーションによって、少人数で対応できる閑散期にスタッフが9日連続や15日連続といった長期休暇を取ることも可能です。もちろん、そのときに店舗は十分対応できるということをスタッフも理解しているので、後ろめたさを感じることなくしっかり休暇が取れるという点は大きいと思います。将来的には、すべてのスタッフが1カ月程度のバケーションを取れる店舗を目指したいと思っています。

常盤木氏:ちなみに、このITソリューション事業ではひとつの拠点に集まる必要もありませんので、エンジニアやデザイナーなどは日本各地から遠隔で連携して業務にあたっています。

  • 「AI」は現場の課題解決の手段

  • EBILABの理念

先端テクノロジを活用して伊勢から新しい産業を作りたい

榊原氏:Touch Point BIの導入企業はすでにあるのでしょうか。

常盤木氏:6月には正式リリースを予定していますが、ベータ版はすでにすでに「マスヤ」グループ企業である伊勢萬様が運営する食パンとプリンのテイクアウト店「食パンとプリンの鉄人」に導入されているほか、神奈川県でうどん店チェーン「里のうどん」を運営するワンオータス様にも導入いただいています。今後、大手チェーンでの導入なども予定しているところです。

榊原氏:それぞれの企業は、どのようなきっかけで導入に至ったのでしょうか。

小田島氏:伊勢萬様は私たちが説明したサービスの構想に共感いただいたというのが大きいですね。加えて、店舗同士でデータを共有することで商店街全体を盛り上げたいという思いを伝えたところ、同じように「どのようなお客様が来るのか」を把握することで街全体を成長させる戦略を考えていければという考えを持っていらっしゃったので、協業するに至りました。一方で、里のうどん様は多くのお客様が集まる人気店舗である一方で、どのお客様にどのような商品を打ち出していけばいいのかという課題を持っていました。その解決のためにデータをもとに顧客分析する目的で導入いただいています。

榊原氏:マスヤグループは同じ伊勢ですが、里のうどんは神奈川県ですよね。どのような接点があったのですか。

小田島氏:実は、この Touch Point BIを開発するにあたって、私と接点があった企業経営者や店舗オーナーの皆さんに「日々の業務の中でどのような情報があると嬉しいか」「日々の売上分析や報告業務で苦労しているところはどこか」ということを広くヒアリングしたことがあるのです。そこでTouch Point BIの構想を紹介したところ、「ぜひ使いたい!」という声を数多くいただき、里のうどん様もそのうちのひとつでした。

榊原氏:システムの利用コストはどれくらいを予定しているのでしょうか。

小田島氏:月額2万円から2万5000円くらいを予定していて、将来的には更に低コストを目指したいと考えています。というのも、サービス業は本当にお金がありません。ウェブ広告を始めるくらいの手頃感がなければ、長く使っていただけません。導入コストが高いとすぐに価値を見いだせなければやめてしまいます。そのため、この程度の月額コストからはじめていただき、幅広いサービスを提供できればと考えています。

榊原氏:今後の展開について教えてください。

小田島氏:6月にはこのTouch Point BIの販売を中核とした「EBILAB」という新会社を設立して、事業を開始する予定です。ここでは「伊勢から新しい産業を作りたい」というスローガンのもと、テクノロジによってサービス業や観光業を支援していければと考えています。和の文化の発祥の地である伊勢の地から、伝統とテクノロジを融合して世の中の役に立つ製品を生み出していきたいと思います。

 実は、このエリアには鳥羽商船高等専門学校という歴史のある国立高等専門学校があり、優秀な若いテクノロジ人材がいる一方で、伊勢発祥のテクノロジ企業はありません。ここに、非IT企業からトランスフォーメーションという形で挑戦していきたいですね。すでに鳥羽商船とも連携していくことも予定しているので、Microsoftのソリューションと若い人材のちからで、MR(Mixed Reality)やVRといった先端技術も取り入れながら様々なチャレンジに取り組んでいきたいと思います。また、伊勢には上場企業が1社しかありません。将来的には上場も視野に入れて、若い人が伊勢で働くモチベーションを向上させ、地域ビジネスの希望となれればいいですね。

 加えて、最新のテクノロジと小売店のノウハウを活用した無人お土産店舗の開発や、伊勢にいるテクノロジ人材を対象にしたワークショップの開催、地方発ITビジネスの誘致、全国規模のテクノロジイベントの開催なども進めていきたいと思います。

常盤木氏:実は、私たちが伊勢で抱えている課題は、他の地域でも同じことが言えるのです。地方に暮らす多くの人は、地場に産業がないから都市圏に飛び出さなければならない。もし、地元の経済活動が活性化していれば、地元を生きる場所として選べるはずなのです。様々な地域の観光業や飲食業の支援を通じて、地元を離れなくても生きていくことができる世界を実現できればと考えています。加えて、テクノロジは効率化を追求した結果、“仕事のための仕事”をたくさん生み出してしまいました。IT=情報技術の原点に立ち返り、情報を効率よく使いこなして幸せな社会を実現できるような世界を目指したいと思います。

榊原氏:ゑびやさんのようなMicrosoft AzureとPower BIの活用ケースは、デジタル変革が大きな課題となっている企業にとっては大きな刺激になると思います。ゑびやさんは飲食・小売といったサービス業ですが、視点を変えると地方には人材不足やインフラの不備などを背景に経済、教育、医療といった様々な分野で課題があります。こうした課題があるということは、それだけテクノロジを活用できる余地があるということです。私たちも、こうした課題に対してどのようなアプローチしていくべきかを考え、ゑびやさんのようなパートナー企業と一緒になって課題に取り組んでいきたいと思います。

日本マイクロソフトの執行役員 最高技術責任者である榊原彰氏
日本マイクロソフトの執行役員 最高技術責任者である榊原彰氏

常盤木氏:私たちとしては、わかりやすく使いやすい製品を通じてシステムインテグレーターが非IT企業に吸収融和されていく世界を作りたいと思います。ひとつの老舗食堂からTouch Point BI というIT製品を生み出した私たちは、そのパイオニアになっていきたい。すべての企業が、その日のニーズに合わせて最適なテクノロジを当たり前のように自由に使いこなせる企業になっていく世界を実現できればと考えています。

榊原氏:同感です。生活の中で高度なテクノロジに触れる機会が増えていく中で、その経験をビジネスの中で活かさず、企業では情報システム部門だけがITを考えていくというのは、もう時代遅れだと思います。もちろん、情報システム部門に求められる仕事はありますが、様々な業務部門で活用されるITは業務部門のノウハウをもとに自分たちで作り上げることができるような世界が生まれています。そこで、どこまでの自由度を企業が許容するか、どのようなテクノロジを活用すべきかといった点で、私たちのようなシステムベンダーが果たすべき役割ではないかと思います。ニーズに合わせて開発・活用される業務ツールはシチュエーショナル・アプリケーションという言い方をしますが、これが企業内の業務部門でも、地方企業のデジタル変革でもこれから加速していくのではないでしょうか。

常盤木氏:おっしゃる通りで、今後は私たちのような“ユーザー企業の中のデベロッパー”、パソコンやExcelを使うのと同じ感覚で業務ツールを簡単に開発できるような世界の実現をMicrosoftと一緒に進めていければいいですね。

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