三重県の伊勢神宮のほど近くで100年近くの歴史を持つ「伊勢ゑびや大食堂(有限会社ゑびや)」は、AIやビッグデータ、BI ツールを駆使した「予測的中率90%超」という来客予測・マーケティング効果測定による事業予測ソリューションを自ら開発し、導入前後で売上4倍、利益率10倍、平均給与5万アップという実績をたたき出している老舗企業だ。
実は同社は、いわゆるIT技術者のバックグラウンドを持つ人材がいるわけではない。しかし、2017年12月にマイクロソフトにて開催された2日間のハッカソンに参加後、サービスの横展開の検討を始めたという。そしてこのたび、「サービス業で働く全ての人たちへ データの力でより楽しくスマートに働ける世界を作る」を標榜してきたゑびやは、これまでの知見を生かし、AIや機械学習、ビッグデータを駆使した先進テクノロジ企業として新たに飛躍することを選んだ。株式会社EBILABを設立し、自社で活用してきた来客予測・マーケティング効果測定ツールをリテール店舗経営変革のビジネスツール「Touch Point BI」として提供を開始した。
自社用のシステムを他社への展開可能な形への変革を成しとげるまで、ハッカソンからわずか5カ月。開発期間だけでなく、スピード経営でも知られるゑびやだが、EBILABの展開についての想いや戦略などを同社のCEO 事業クリヱイターである小田島春樹氏、最高戦略責任者 兼 最高技術責任者 ヱバンジェリストである常盤木龍治氏に聞いた。また、聞き手は同社にテクノロジの基盤を提供している日本マイクロソフトの執行役員 最高技術責任者である榊原彰氏が務めた。
榊原氏:Microsoft AzureとMicrosoft Cognitive Servicesを活用してデータ分析とAIによる来店予測システムを作り出し、現在は店舗の経営改革を実現したその仕組みを外部に提供するITソリューション事業を開始しましたが、最新の状況を改めて教えてください。
小田島氏:改めて紹介すると、ゑびやは明治時代から三重県伊勢神宮の参道で飲食業を100年以上営んできましたが、この100年で世の中がさまざまな変化を遂げていく中にあって、サービス業を営んでいく上でいろいろな課題があり、これを解決しようということで来店予測システムを中核とするソリューションを生み出しました。また現在では、店舗運営をしながら地域資源を活用した商品開発もしています。そこでは画像解析AI(Microsoft Cognitive Services)を活用して店舗に来るお客様の属性やマーケット属性との比較などを把握しながら、どのような商品がお客様に喜んでいただけるかを考えるヒントにしています。
また私たちは「伊勢に新しい産業を作る」というミッションを掲げて現在ITソリューション事業を展開しています。具体的には、こうしたテクノロジを活用する上では、画像解析AI、機械学習、データを可視化するBIツールなど様々なデータやツールを横断的に利用する必要がありますが、私たちはこうしたすべてのデータをひとつのツールに統合・可視化して簡単に活用できるプラットフォーム「Touch Point BI」を開発しています。顧客属性分析、需給予測、画像解析AI、市場分析・売上分析をひとつのツールに統合して、現在の状況把握と未来予測を実現するものです。バックグラウンドではMicrosoftの「Power BI」を活用して、そこにデザイン要素を取り入れながらサービス業に携わる方は見るだけで理解できる、簡単に操作できるツールを目指しています。
このツールの強みは、バラバラになっているデータをすべてひとつにまとめてわかりやすく可視化して、クラウド上で管理することで経営者・オーナーからスタッフまで全員が共有できるようにしている点です。日々の売上報告やレポート作成、メールでの連絡や会議などに費やす時間は大幅に削減でき、その時間を接客や魅力的な店舗づくり、商品開発など利益を生み出す業務に活用することができるようになります。ゑびやでも、業務効率化を実現したことで生まれた時間を使ってスタッフが予約のお客様に手紙を書いたり、折り紙を折ったりしていて、お客様からも「本当に素敵な接客でした」という声をいただいています。
人がやらなくてもいい仕事は機械に任せ、人でなければできない仕事に徹底的にこだわる。こうした世界観を生み出していきたいと考えています。
榊原氏:これまでに、どのような効果を生み出しているのでしょうか。
小田島氏:例えば、商品開発では飲食店に来るお客様の属性を理解した商品開発をすれば、高い割合で購買に繋がり、店舗の生産性が大きく高まります。また、例えば画像解析AIで来店者属性の男女比と購入者属性の男女比を比較して、男性客の購入が少ないことが理解できたら、男性に好まれる商品を目立つところにディスプレイするなどの工夫も生まれています。解析したデータから仮説を立てて、実際に店頭のディスプレイで様々な試みをしながら仮説検証をするというのを、すべての商品で行っていますね。
榊原氏:ここまで緻密なデータ活用や検証をしているケースはなかなか見ませんね。
常盤木氏:非常に少ないと思います。POSレジなどを導入している店舗では、販売時の顧客情報を収集しているのですが、それは商品が売れなければ生まれないデータですよね。私たちのTouch Point BIの最大の特長は、販売前の来店者属性情報を取得でき、1つの画面で見られる点です。ゑびやを例にとれば、伊勢の参道に来ている商圏来訪者属性というビッグデータと、ゑびやに来店されるお客様の属性データのマッチングを丁寧に進められるのです。
榊原氏:Microsoft AzureとPower BIをご利用いただいているということですが、なぜこの製品を選ばれたのでしょうか。
小田島氏:実は他社のクラウドや、BI製品も検討したのですが、非エンジニアである私たちにはとても使いこなすのが難しいと感じました。それに対して、Microsoft Azureはわかりやすく使いやすいというのが大きなポイントでした。最初はわからない部分もありましたが、使っていくうちに直観的に理解できて簡単であることがわかりました。加えて、可視化の部分は非常に重要な部分ですが、Power BIは月額コストの安さも決め手だったと思います。サービス業を対象とする製品に月数万円もする価格を設定することはできません。そういう意味で、製品のコストパフォーマンスは重要なポイントでした。
常盤木氏:Microsoftの強みは、リテラシーの低い人でも使いやすい製品を提供しながら最終的には非常に汎用性の高いプラットフォームに仕上げていく点にあると思います。そのため、Microsoftは専門的な知識を必要とされるエンジニアがいない企業を救うことになる。インフラに近い形でITプラットフォームを提供することによって、実際にエンジニアではない小田島が製品開発に携わることができたわけです。加えて、この製品を外部の企業に提供しても抵抗なく受け入れて使いこなしてもらうことができるのではないでしょうか。Microsoftの強みは、エンジニア人材が乏しい非IT企業や中堅・中小企業にとっては大きな力になるはずです。
小田島氏:私たちとしては、デジタルトランスフォーメーションという言葉を知らない企業に対して、それを意識することなくデジタルトランスフォーメーションを実現したいのです。そしてそれはあくまで手段であって、最終的には店舗の運営を改善してすばらしい顧客体験を生み出したり、そこから利益を生み出したりしてほしいのです。Touch Point BIについては、クラウドやBIという言葉を知らない人にも“知らぬ間にグラフができていた”、“グラフを触ったら動いた”くらいの感覚で触れてほしいと考えています。
榊原氏:開発で工夫された点はどのようなところですか。
常盤木氏:今回は、デスクトップ版ではなく「Power BI Embedded」を導入しました。今までのBIの常識を変えたいという考えからデザイン性にこだわり、触っていて心地の良いユーザー体験を追求しています。現在はデザイナーやエンジニアを入れてUIのデザインやUXの最適化などを詰める作業を進めています。
小田島氏:サービス業の方は、こうしたテクノロジを使いこなせない方も多くいらっしゃるので、そうした方でも理解できるUIで触っただけですべてのデータを活用できるユーザー体験を目指しました。導入企業の対象は飲食店だけではなく小売店なども含むサービス業全般を想定しています。
常盤木氏:企業経営者や店舗オーナーにとっては、複数のツールを横断的に見るという作業は非常に苦痛だと思います。加えて、自分でデータをドリルダウンして分析するという文化もまだ根付いてはいません。そういう方々が直感的に見て感じて操作できる製品を目指して設計しています。Touch Point BIは複数のクラウドツールを統合管理できる共通ダッシュボードだと考えて頂きたいと思います。
榊原氏:Touch Point BIは、ユーザー企業に応じたカスタマイズなどもしていくのでしょうか。
小田島氏:その予定です。基本的な機能は網羅していますが、“こういうデータが欲しい”、“こういう魅せ方をしてほしい”というご要望には応えていきたいと考えています。その作業も、私たちのほうではExcelを操作するレベルの知識でできるので難しくはないと思います。
常盤木氏:加えて、このTouch Point BIをポータルとして、例えばSlackやウェブ会議システムなど様々な外部サービスを連携させて意識することなく活用できるような仕組みも開発しています。このTouch Point BIを起点にあらゆる店舗向けITを活用できる環境を提供したいですね。
<後編に続く>
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