聴覚障がい者にも音楽を--落合陽一×日本フィルが手掛ける「耳で聴かない音楽会」 - (page 2)

デバイスで“感覚をアップデート”する

 リハーサルの合間に、落合氏に話を聞くことができた。


--今回のリハーサルのねらいは?

落合氏 このプロジェクトのネックはデバイスの開発メンバーが全員、耳が聞こえること。耳が聞こえないと、どう感じるかが分からない。本番だけでは「楽しかった」という感想しかもらえない。「楽しかった」ではなく、改善要求がどこにあるのかをリハーサルで知りたかった。

 このプロジェクトを進めるのに際して、音楽の面白さについて考えた。聴覚に障がいがあっても程度によって聞こえる音もある。聞こえる音に対して、振動、光、弦の動きを映像で見せるといったことを足せば、音楽を楽しみ得るのかということを知りたかった。

--実際リハーサルを行ってどうだったか

落合氏 みんな音楽に没入してくれた。一方、演奏中にオンテナの振動が大きい時は「なんだコレ!うるさい」と気にしている人が多いということが分かった。今回のリハーサルでは、そういう自然な反応を見たかった。運用面では、楽器ごとの周波数の割り振りをしっかりする必要があると思った。また、サウンドハグに何枚の震動板を入れるか、照明をどう当てるかなど、考えている。僕は耳栓をして試すと、振動に敏感になるので、耳が聞こえないと身体の振動に敏感になると思う。その敏感なところにあわせて音を作っていくにはどうするかなども考え中。

--今回の耳で聴かない音楽会になぜ参加したのか

落合氏 僕は波が好きなので、音と光と振動と触覚が結びついた体験を通してオーケストラの音楽に触れれば、それはすごくおもしろいと思っている。

 障がい者に関するプロジェクトでは、"できない人をできるようにさせてあげる"という厚かましい場合が多いが、リハーサルでモニターの演奏に対する感想を聞いていると、曲の本質を捉えたハッとするような感想が出ていた。そういうコミュニケーションから発見される何かもあると思っていて、聴力に関係なく、おもしろいと思える音楽会が作れたらいいなと思っている。

--聴力に関係なく一緒に楽しむということか

落合氏 僕ら全周波数聞こえる人は、目の能力はたぶん弱っている。僕らは相手の口の動きだけでは何を言っているのか分からないから。聴こえる周波数が限られる人は、聞いて分からない時は口を見て会話をしている。音楽で言えば、弦の動きや振動を目で見ることで楽しめるかもしれない。彼らの目を使ったコミュニケーションのスタイルから勉強することが多く、おもしろい。

--今後どういう未来につなげていくのか

落合氏 オーケストラを聴く人をもっと増やしたい。クラシックは硬そう、前提知識が必要で難しいという印象がある。それをできるだけポップなものにしたい。それはポップな曲を演奏することではない。楽しみ方はいろいろある。オーケストラが誕生した時代には、テレビも、電気も、コンピュータも、振動するデバイスもなかった。今あるテクノロジを使って、オーケストラで表現したり表示したりできれば、非常に意味がある。

 僕らには、最初「耳」と「目」くらいしか自分たちを楽しませるものがなかった。それを触覚に変えたり、映像を変換して表示したりする、コンピュータ的なアプローチがここ1世紀くらいでできるようになった。それを使ってオーケストラをどうアップデートするかが今の課題。

--今回のプロジェクトで、聴こえにくい人とコミュニケーションをとったと思うが、彼らのコミュニケーションについてどう感じたか

落合氏 聴覚の利点は、目で注意を向けていなくても情報を得られるところ。(聴こえない人は)逆に言うと視覚の中で起こっている変化に対して、敏感なところが面白いと思っている。動体視力もいいし、細かい変化もよく分かるというので、彼らの方が逆に僕らよりも些細な変化に気がつくと思う。サウンドハグは色が変わっているだけなので、耳が聴こえている人にとっては、きっと色の変化は大したことがない。でも、色の変化に集中していたら、どう明滅しているかによって音色の違いが分かるのかもしれない。手話のコミュニケーションを普段使っているということは、ビジュアルで早いコミュニケーションができているということ。そこに魅力がある。

--今回使用した聴覚補助システムを一般化する場合、規模、技術、運用、コストのイメージは?

落合氏 各楽器にマイクをつけて集音している。PA設備は、一般的なものと変わらない。年末などにホールで公開録音する音楽番組などと同じようなPA設備だ。今は音がイメージ通りに出ているかなどを把握するために有線で出力しているが、無線化が可能なので、無線で接続すれば出力先は広げられる。1人分の補助システムは、美術館などで使用される音声ガイドくらいのコスト感をイメージしている。

--技術的な課題は?

落合氏 オンテナは、周波数の違いを再生できない。音量の強度を振動モータで変換しているので、音の違いがキレイに出ないので、そこをどうにかしたい。サウンドハグは音響スピーカなので、低い周波数から高い周波数まで再生できている。そのノウハウをどうオンテナなどに広げていくのか、そこが気になっている。サウンドハグは、カラーバーで色を指定しているので、単音ごとに色で識別することも可能だと思う。リハーサルでは、みんなが色の変化を見ていた。ビジュアルにセンシティブな様子が分かり、面白かった。

--今後の展開は?

落合氏 聴覚補助システムは、僕らが開発者に持っていくのではなく、現場で使いたい時に使いたい人が自分で用意できるようにするのが目標。自分で修理できて動かせるものにしたい。補聴器は精密機器なので、壊れても自分で修理できない。でも、今回の聴覚補助システムは簡単な仕組みなので自分で作れるし、修理も可能。そのくらい簡単なものじゃないと、広がっていかないと思っている。

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