自分のキャリアを自分で考える--DeNA人事プロジェクト「フルスイング」の狙いを聞く

 ディー・エヌ・エー(DeNA)は、「フルスイング」と題した人事プロジェクトを2017年10月から開始している。これは社員が熱意をもって働ける環境作りを目的としたものだ。

 近年では大手企業でも取り入れはじめた、社外での職務活動を認める「副業制度」の解禁や、業務時間の最大30%までを他部署の仕事と兼務できる「クロスジョブ制度」のほか、社員本人と異動先の本部長が合意すれば異動できる「シェイクハンズ制度」(2017年8月から実施)、メンバーからマネージャーへの360度評価「フィードバックプログラム」(同7月から実施)、今後のキャリアや働き方に関する悩み相談室となる「キャリア相談室」 (同7月から実施)、現在の仕事へのフィット度を把握する定点調査「キャリアマネジメント アンケート」(2015年2月から実施)が、主な施策となっている。

 働き方改革、そして生産性向上が叫ばれているなか、フルスイングプロジェクトを打ち出した経緯と狙いについて、プロジェクトを主導するディー・エヌ・エー 執行役員 ヒューマンリソース本部 本部長の對馬誠英氏に聞いた。

ディー・エヌ・エー 執行役員 ヒューマンリソース本部 本部長 對馬誠英氏
ディー・エヌ・エー 執行役員 ヒューマンリソース本部 本部長 對馬誠英氏

根底にあるのは「自分のキャリアをしっかり自分で考える」

--對馬さんの入社は2005年と伺っています。その時期ですと、DeNAが企業として急成長する一歩手前ぐらいのタイミングかと思います。

 当時の社員は百数十名程度で、モバゲータウン(※後の「Mobage」。2006年からサービスを開始)を始める前でしたから、その頃から比べると規模も環境も大きく変わりました。入社してからは7年ほど事業部側にいて、それ以降5年ほど人事を担当しています。こと人事においては、在籍人数や事業の多角化など会社のフェーズによって課題も変わってきます。今は採用ももちろん大切ですが、より社員の力を引き出していくフェーズにあると考えています。

 DeNAの人事は、めまぐるしく環境が変化するなか、スピード感があって常にいろんなチャレンジをして、その都度チューニングをし続けてきました。それは事業部側にいたときから変わっていませんし、私が人事を担当するようになってからも継続しています。

 人事に移ったあとは、事業部に在籍していたときの知識とパイプを活用して中途採用を強化し、社内の異動調整や組織改編など行う人材企画部も担当していました。これらの施策は一端で、人事としていろんな試みをしてここまできた感じです。

--今回フルスイングという名称を掲げて、人事プロジェクトを打ち出した理由を教えてください。

 社員の仕事に対する熱意を高めて、最大限のパフォーマンスを引き出すことが目的であります。もちろんこの考え方や施策は、私が人事を担当する前からあるものですが、強力に推し進めていく意思表示を、フラグシップとなるものを掲げて社内外に向けたメッセージとして伝えるということが狙いです。

 名称については、バットをフルスイングするように、多くの社員に思い切ってチャレンジしてほしいという気持ちを込めています。DeNAらしく思いっきり振ることに大切にしてほしいと。“ガチ感”といいますか、最大限の力を発揮してガチで取り組んでほしいという思いを、フルスイングという旗印を掲げてより強力に推進していく意味合いもあります。

--プロジェクトとしての名称だけではなく、同名のオウンドメディアも立ち上げられています。

 より強力に、やるべきこととやりたいことを推進して、会社の実態を社内外に適切に発信していくのも大事だと考えたからです。そのために人事にもPRを担当するブランディングチームを設けました。これもチャレンジのひとつです。人事のなかにあると、人と組織の課題や施策を把握しやすく、それを正しく伝えられるメリットがあると思っています。

 今は働き方改革の言葉のもと、人事はいろんな変化を求められていて頭を抱えている方も少なくないのではないでしょうか。ただ、正直なところ施策には正解がありません。ベンチマークとなるものもなく、チャレンジするしかないというのも実情です。一方で、ルールを変えるだけでも大変で、試行錯誤ができる会社ばかりでもありません。私たちとしては施策単位でデータをとっていますし、情報を発信することで他社の人事の方と議論ができたり、時に参考にしていただいたりと、少しでもいい影響を与えられればと思います。

--御社で実施したキャリアマネジメントアンケートで、「現在の仕事でやりがいをもって、力を発揮できている」と答えた割合が直近で約60%強だったと伺いました。さらに多くの社員が高い熱意をもって働く状態を作れる余地があるとのことですが。

 キャリアマネジメントアンケートは、これまでも毎月1回行っています。やりがいをもって、力を発揮できている社員が6割というのが一般的に多いかどうかはわかりませんが、私はこの結果を見て、4割の社員が自分の力を最大限に発揮しきれていない時点で、もっと伸びしろがあるという考え方をしています。伸びしろがあるなら高みを目指すのが当然のことで、それが100%になったときの会社の姿を見てみたいと期待していますし、そこに近づけるべく奮戦しているところです。

--制度のなかで、クロスジョブ制度のような兼務は比較的多くの企業が取り入れていますが、社員本人と他部署の合意で社内異動ができるシェイクハンズ制度は珍しいように思います。

 もともとキャリア公募制度を半年に1回程度やっていました。これ自体は珍しいことではないのですが、もっとスピード感をもって踏み込んだものにしてもいいのではと思って、8月から始めました。11月の段階で30人ほどがこの制度を使って異動をしています。

 自らの意志で異動したいと考えている社員は、それまでよりもコミットレベルが上がると思っています。仕事をなんとなくこなしていた社員が、自ら手を挙げて異動したのであれば、より自分の力を生かそうとします。また受け入れた部署のマネージャーも、責任をもってしっかり育成するために目を向けていきます。送り出した部署にとっては抜けた穴を埋めるべく、メンバーを頑張って引き上げていきます。

 基本的にポジティブな要素を引き出すべく運営していますし、今の段階ではその狙い通りになっているととらえています。また異動以外でもメリットがあるととらえています。

--どのようなメリットでしょうか。

 まずは自分のキャリアを真剣に考える機会になっています。人事や周囲の人に相談することも少なくありません。そういったなかで、異動の道をとらずに目の前の仕事で成果を挙げることが大切なことに気づいたという話も聞いています。

 根底にある考え方として、自分のキャリアを自分事として、しっかり自分で考える訓練や習慣を、若いうちから身に着けてほしいというのがあります。一般的な話ととらえてほしいのですが、今はもう大企業に入れば一生安泰みたいな時代ではないと思います。そしてなんとなく仕事を続けていて会社に万が一があったときに、自分は何ができるのかと、そのときになって初めて考えるのでは遅いです。

 今後プロジェクトベースで働いていく環境、自分で考えてキャリアを選択し積み上げて行く世の中になるなかで、そういう準備を社員にはしてほしいですし、それを考えたうえで、パフォーマンス高く仕事に取り組んでほしいという思いは強くあります。

 もうひとつは社内での情報流通の活発化です。シェイクハンズは自分から手を挙げるというだけではなく、各事業部が人材を募集するという側面もあります。求めている人材のアピールを通じてコミュニケーションが活発化し、社内の情報流通が多くなりました。実際に事業部としての説明会も行うことがあるのですが、演出も凝るようになって。事業ポートフォリオが広くなっているため、ほかの部署が何をやっているかが見えにくいところもあるのですが、それがわかるようになったという声を多く聞いていて、いい効果がでているととらえています。

--制度を利用するには、社員本人と他部署のマネージャー双方が、その理由を合意書に書いて提出するという仕組みになっているそうですが。

シェイクハンズにおける合意書
シェイクハンズにおける合意書

 社員の倫理観と節度、手を挙げる側と受け入れる側の高い熱意があってこその制度なので、精神に反した引き抜き行為は行われないよう気を付けています。本人の能力ややりたいことを見極めもせずに人を集めると、結局は異動した後にお互い苦労することになりますから。お互いのコミットが高まった状態でシェイクハンズすることを大事にしているので、合意書を書いてもらって、こちらで確認しています。

 すべてに目を通していますが、本当にお互いが熱い気持ちを持っていることが文章から伝わってきます。万が一疑問に思うことがあれば止める場合もありますが、今のところヒアリングをして意思確認をしたことはあるものの、止めるまでの事例はありません。本当にパッションとコミットが高い状態で制度を活用してもらうのが重要なので、モニタリングはしています。もちろん制度は入れて終わりではなく、変えるべきところが出たら変えていくスタンスです。

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