朝日インタラクティブは9月26日、2016年に開催した「テクノロジが創世する不動産業の新潮流 ~Real Estate Tech 2016 Summer~」の第2弾として、「テクノロジが加速させる“新しい街・住まい”づくり」と題したイベントを開催した。不動産業界に限らず、IT技術の進展や普及が新しい街・住まいに与える影響を議題に、IoT活用やスマートシティといった最新事例を扱っている。本稿では、東京急行電鉄「最新テクノロジで変革する不動産業界の未来」と題した講演内容を紹介する。
東京急行電鉄といえば、東急線などを運行する都内有数の鉄軌道事業を思い浮かべるが、同事業は2016年度の全体売り上げ1兆914億円の18%にあたる2006億円にとどまる。不動産事業はそれに続く17%の1990億円。全体で多くを占めるのは、小売りやカード販売などを含む生活サービス。その額は6441億円と全体の56%にも及び、東京急行電鉄 都市創造本部 戦略事業部 事業統括部 企画課 課長補佐 加藤由将氏が海外で自社を紹介する時は、B2C型のリージョナルコングロマリット(地域型複合企業体)だと説明しているそうだ。
加藤氏は不動産業界が意識すべき10~20年後のビジネスモデルについて、次のステージに昇華させなければならないと提唱する。海外ではイノベーション拠点が続々と形成され、技術革新を起こしてビジネスモデルの変革につなげているが、日本市場を見渡すとさほど多くない。なぜ日本ではなく、欧米など海外で技術革新が起きるのか。同氏が3月にシリコンバレーを訪れた際、「日本と根底が違う」と感じたという。同氏は自身が感じたことを政治・社会・経済・技術でそれぞれの相違点を次のように並べた。
まず規制に関する法体系について日本は「○○は構わない」という許可起点だが、米著作権法のフェアユースのように海外は禁止起点。「○○は禁止。それ以外はその都度考える」という仕組みだ。一概に許可起点が悪い訳ではないものの、新たな取り組みを始める際には阻害する遠因になるだろう。
社会構造においても日本の単一民族国家、米国の多民族国家という相違点があり、後者は多様性を受容する社会背景がある。島国の単一民族である日本の画一的な考え方は外発的・内発的を問わず異質なものに対して潜在的に抵抗感を感じてしまうため、ここでも技術革新を生み出す土壌を作りにくくしている。
経済に目を向けると、公共サービスが充実している日本とは真逆で、米国は合理性を追求したことによって公共サービスが破綻寸前となっており、その不便さを解決すべくスタートアップがさまざまな技術開発をしている。さらに、リスクを取れば相応のリターンがあるという資本主義構造(の部分的側面)も相まって技術革新につながるのではと加藤氏は述べていた。ただし、現米国大統領の政策は本来米国が持っていた多様性のあるエコシステムの根幹を揺るがしかねないと指摘し、これまで次々の技術革新を生み出してきた米国は底力を問われるのでは、と疑問も合わせて呈した。
産業の構造転換に出遅れている日本が参考にするビジネスモデルは、移民政策によって社会の多様性と経済消費を確保し、自由主義・資本主義経済下でさまざまな技術革新を実現している欧米であることは間違いないという。日本の大企業はすでに誕生した技術を磨き上げることが得意ではあるが、「高度経済成長期に同質化・均等化し、バブル崩壊後の失われた20年で合理性や効率性を追求した結果、イノベーティブな人材もノウハウもなくなってしまった。だからイノベーションを起こしづらい個人・企業体質になっている」(加藤氏)。
加藤氏は人口統計情報を元に人口減少や高齢化率の上昇から、「人口減少により消費が落ち込むことで売り上げ減少が発生すると同時に、深刻な労働力不足からコストアップが発生することで、営業利益は上から下から圧迫される」と警鐘を鳴らす。人口減少とライフスタイルの変化の影響は不動産業界に対し、住宅空き家率の増加という形で現れた。住宅供給は飽和し、需要関係から全体的に単価は下がるものの、一部では凝集性が高まり地価は上がり、地域単位の勝ち負けが鮮明になると同氏は予測する。
都下周辺の2016年以降の竣工済み、または竣工予定の大型のオフィスビルは122棟もある。「大企業が伸び悩むなかで(オフィスビルは)必要なのか」(加藤氏)と問いつつも、オフィスビル市場は設備や性能といったスペックではなく、周辺を含めた街=エリアの価値で勝負する時代だという。例えば今後、自動運転が普及するのであれば、オフィスへの通勤も自動走行バスが登場するだろう。その際、一般道路に駐車して大量の乗客を降ろすのは現実的ではないため、オフィスビル周辺にプール(駐車場)を用意するなど、ビル単体ではなく周囲を巻き込んだ街としての運用が重要になっていくと加藤氏は予測する。
商業施設関連においても、企画、製造、小売までを一貫して請け負うSPA(specialty store retailer of private label apparel)等の台頭により日系アパレル企業が縮退し、ECやC2Cが伸びる一方で百貨店やショッピングセンターは飽和した。「財」がコモディティ化したことでリアルの場の価値が問われるようになり、商業施設は地域に根付いた独自性の強い小規模事業者とのローカルコマースや、ホテル・レジャー等のエンターテインメントと融合したリテールテイメントにシフトしていくことが必要だろう。
他方で不動産業界は「非効率。だからこそ伸びる可能性がある」(加藤氏)。業界別利益率ランキングを見ると、トップのソフトウェア業界は19.7%だが、不動産業界は7.4%と遠く及ばない。だが、労働生産性を改善すれば未来は明るいというのだ。例えば、日本社会は成熟期をピークアウトしつつあり、紙文化をデジタル化する効率性の向上や今後ビジネスインバウンドが増加する中で、新たな働き方・暮らし方への対応が急務であり、既存のビジネスモデルを見直すべきだという。「不動産はハード(物件)だけではなく、LTV(顧客生涯価値)向上を目指すためにソフトウェアを含めて稼ぐハイブリッド経営が必要」(加藤氏)だ。
その技術開発に取り組んでいるスタートアップ企業は既に多く存在する。取り引きデータはAI(人工知能)で分析し、収益シミュレーションから中古マンションの購入・売却を行うマンション売買ウェブサービスの「ハウスマート」。銀行融資のつかない築古物件をリノベーションして民泊事業する際の資金調達を可能にする不動産特化投資型クラウドファンディングの「クラウドリアルティ」。撮影した映像から特徴量抽出を自動化し、空間価値を可視化する「ABEJA」。マーケティング分野だけでも、このように多くのスタートアップが独自アイデアで不動産業界を盛り上げている。
また、建設現場をドローンで測量し、建設機器搬入経路などのプランニングを簡易にする「Dronomy」や、現場職人のマッチングサービスを提供する「東京ロケット」。VR(仮想現実)で内見を済ませることで従業員の生産性や顧客成約率を高める「ナーブ」、企業の受付オペレーションをスマート化することでビルの設計要件を革新させる「ディライティッド」、スマートホームを実現するプラットフォームを持つ「イッツコミュニケーションズ」を紹介した。
特に未来住宅として注目を集めるスマートホームは、「単に住宅の利便性を高めるものではなく、物流・介護・小売などと連携させることで生活を取り巻く社会システムの最適化をもたらす」(加藤氏)。スマートホームが普及するポイントは3つあり、不具合が起きた際に迅速に対応出来るメンテナンスサービス体制、日本のライフスタイルに合わせた多様なサービス開発、計画的デザインと施工ノウハウを持つ業者同士の連携が重要となる。加藤氏は「不動産屋は不動産だけを扱う時代は終わり、不動産業界の第4次産業革命はまさにこれから」と述べて講演を終えた。
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