1つの会社に縛られない方がいい--及川卓也氏が語る「看板を彩る生き方」 - (page 3)

 日本マイクロソフト時代に感じたことです。ヘッドハンターに友だちを作るのが好きなんですが(笑)、自分に転職希望がない時でも年1回程度で情報交換をしています。ある時言っていただいた言葉が「Microsoftの技術が長いから、転職先はMicrosoftのパートナー企業が対象になる。可能性を広げるなら経営や営業、マーケティングはいかがですか」というものでした。自分は技術にこだわりたかったものの、Microsoft以外の技術って何だろうかと考えました。

 ちょうど同じ頃、日本政府はe-Japan戦略を掲げて、IPv6の普及を目指していました。自分的には黒歴史ですが(笑)、Windows側の対応が必要となって担当者に名乗りを上げたり、政府の認証基盤となるGPKIからのリクエスト窓口になったりと、日本マイクロソフトの外で技術を身に付け、人脈を広げました。このような社外活動をしても常に「マイクロソフトの及川」と企業名が付いてくる。日本マイクロソフトを辞めても「元」が付く状況を変えたいと思いました。たとえば、Ruby on Railsで有名な○○さん、Perlコミュニティで活躍する○○さんと、所属企業ではない呼称を持つ。これが看板を背負わないという意味です。


 他方でMicrosoftもGoogleも巨大企業ですが、その看板を自身が少しでも彩れたら素敵だとも言えます。当時のMicrosoftは巨大な存在に成長したせいか、ユーザーに忌み嫌われていました。特に日本でインターネットを支えていた技術者が集まる会などに私が参加した頃は、皆Microsoftを嫌っています。社名を隠語で「M$」と呼び、Windowsを「レドモンドOS」と呼ぶ姿を見て、最初は「失礼だな」と腹を立てていました。ただ、IPv6について説明し、インターネットインフラの管理をする方や標準化活動などで世界的にも著名な研究所の方などとお会いするうちに変化が起き、「マイクロソフトもインターネット技術が分かっている」という認識を持っていただきました。極わずかな貢献ですが、こちらが看板を彩る生き方です。

――NHKの番組「プロフェッショナル」に出演した際に生まれたもう1つの名言「挑まなければ得られない」とは?

 実はそれは僕の発言ではありません(笑)。番組ディレクターが作りました。元は「Nothing ventured, nothing gained, We could all change the world」というヴァージン・グループの創設者で会長のRichard Branson氏の言葉です。彼の事業にドメインというものはなく、寡占状態下で人民が幸せなのかという分野にチャレンジしてきました。その考え方に強く共感します。

 自分は友人から"エンパイヤーホッパー"と呼ばれていますが、実は帝国が好きというわけではなく、2位、3位の立場から追い上げるのが好きなんだと思います。日本DECもメインフレームから見れば玩具的ですが、1位を目指しました。Windowsもホビーストや個人向けOSですが、銀行の基幹システム用なんて考えられないという状況を変えられたと思います。グーグルでもウェブブラウザ上ですべてこなすなんて無理という状況から、Ajaxでウェブアプリケーションを動かして、Microsoft Officeを使わなくて済むところまできました。こういった新しい領域にチャレンジできる企業に勤められたことはもちろん、プロジェクトに携われたのは幸せでした。

――プログラミング知識共有サービス「Qiita(キータ)」を運営するIncrementsを退社されるそうですが、次は何をされますか?

 いま悩んでいます。Incrementsに勤めながら他の会社もお手伝いしていますが、自分1人が影響を与える範囲を考えると、自分がPMという役割をIncrementsでやっていていいのだろうかと。常に人生の残り時間を考える癖がありますが、20〜30代の方と違うことをするのと、どちらにインパクトがあるかと思ったんです。なので、自分は身を引くので代わりに若い方にPM業務をお願いし、違う形でお手伝いすることにしました。

 これからはいろいろなスタートアップに対して技術顧問的な側面でコミットしていきます。最初は他人事になってしまうという悪いイメージを持っていましたが、実際にやってみると責任が発生し、クオリティに対する自負もあるため、サラリーマンよりも大変そうです。


――技術者が働く上で1番大切なものは何だと思いますか?

 技術に対する興味を失わないことですね。組織的要因よりも自分自身が諦めてしまう方が多いように感じます。たとえば自分の同期を例に挙げると、すでにSEマネージャーなど中間管理の職務に就いていますが、彼らは自らそれを選んでいます。それが自分の希望するキャリアパスである人ももちろん多くいますが、本当は違う、本当は開発にこだわりたいというのであれば、社内だけでなく社外にも道を探せば良いはず。自分の中で限界を感じると、新しい技術を楽しめなくなります。ただ、人によって向き不向きもあるかも知れません。新しい技術を面倒に感じる方と刺激と捉える方に分かれます。

 他方で学ぶことを途中で止めてしまうと、その後のキャッチアップに苦労します。複数のプログラミング言語を身に付けても、すべて使いこなせる方はほとんどいません。例えばJavaでAndroid用アプリケーションを書き、時間が空いてiOSのコードを(Swiftで)書くとJavaを忘れてしまう。でも、それでいいんです。今回Kotlinが発表されましたが、Javaを身に付けておけばKotlinは非常に簡単です。

 さらに技術の進化は人を楽にさせる存在です。Javaで20行ほどコードを必要としていてもKotlinなら1行に短縮されるため、すべてを習得する必要はありません。チュートリアルやデモンストレーションに目を通せば、技術の差分を身に付けられます。このように技術の差分1つ1つは小さいものの、一定期間を空けてしまうとギャップを埋めるのは難しくなります。

――プロダクトマネージャーと営業の心掛けとは?

 ユーザーの価値が大事です。グーグル退社後にスタートアップの協力をしている際に学びましたが、グーグルはメソドロジー(功術論)やフレームワークは重視しませんでした。しかし、スタートアップでは製品を広める上でリーンスタートアップ(仮説構築・製品実装・軌道修正の仮定を迅速化するビジネス開発手法)から派生したリーンキャンバス(課題や収益化などビジネスモデルを1ページにまとめたもの)というフレームワークが必要だと考えます。

 詳しくはオライリーのリーンシリーズで学べますが、ユーザーから見れば製品そのものに興味はなく、製品がユーザーの課題をどのように解決するのか、製品が永続性を持っているかという部分を重視します。収益化などはユーザーに関係ありませんが、事業者としては重要な部分。だから製品イコール事業となります。

 他方でスタートアップの怖いところが、「誰も欲しがらないものを作ってしまう」点です。もちろん始めから使ってもらえる製品を作るのは不可能ですが、仮説、検証、修正のイテレーション(反復)を回しているうちに社内リソースが枯渇してしまいます。だからこそ資金や開発リソースが枯渇する前に成功にたどり着くのが大事で、ユーザー分析を重要視しなければなりません。


バリュープロポジションキャンバスの仕組みを説明する及川氏

 リーンキャンバスという文脈で言えば、ビジネスモデルキャンバスをスタートアップ寄りに修正した「ビジネスモデル・ジェネレーション ビジネスモデル設計書」もお薦めです。同じ著者が書いた「バリュー・プロポジション・デザイン」で説明されているバリュープロポジションキャンバスの活用をお薦めしたいですね(筆者注:バリュープロポジションキャンバスは、左側の四角形に自社が提供するバリュープロポジションを、右側の円形に顧客セグメントを書き込み、自社が何を提供し、顧客は何を欲するか考える図表。リーンスタートアップのイテレーションをより良く回すために用いられる)。最近は自分たちも利用しています。

――仕事上で最大の失敗とその乗り越え方は?

 思い浮かびません(笑)。いつの間にか挫折を挫折と感じない考え方を身に付けたのかも知れません。仮に上司や職場環境が悪くても、いつかは解決できると、辞めるという選択肢もある。でも、その経験は活かせるので、失敗しても"すべてフィールドワーク"と捉えると良いのではないでしょうか。

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