ロボットを自分の“分身”として操る--KDDIがロボットベンチャーに出資

 KDDIは5月18日、グローバル・ブレインが運営する「KDDI Open Innovation Fund」を通じて、ロボットを分身のように遠隔操作する技術「テレイグジスタンス」を活用したサービスを開発するTelexistenceに出資したと発表した。なお、出資額は非公開。


(左から)東京大学名誉教授の舘暲氏、TelexistenceCEOの富岡仁氏、同社CTOのシャリス・フェルナンド氏、同社CPOの佐野元紀氏

 テレイグジスタンスは、東京大学名誉教授であり、Telexistenceの会長を務める舘暲氏が1980年に世界で初めて提唱した技術概念で、ロボットを自分の“分身”として操作することで、遠隔地にいながらあたかもその場にいるように影響を与えることができる。例えば、自宅から会社のロボットを操作して仕事をしたり、人が立ち入れない危険な場所での作業なども可能。人の移動スタイルなどが大きく変わるため、社会構造を変革させる可能性を秘めている。


 舘氏の研究室では、1985年に「TELE-VEHICLE」という視覚情報を再現して任意の場所に移動できるロボットカーを制作。人間の動きをリアルタイムに再現するロボットは1989年の「TELESAR」を皮切りに、2011年に制作した「TELESAR V」まで、複数台のロボットを制作している。また、TELESAR Vではロボットのマニピュレータ部分にセンサを搭載し、触覚を再現するデバイスを装着したオペレーターに感覚をフィードバックすることができる。


「TELESAR V」を操作してる様子

 Telexistenceの立ち上げについて「これまで36年間研究してきたが、やっと時代がマッチしてきた」と舘氏は語る。5Gによるネットワークの超高速・低レイテンシ化が進んできたことや、XPRIZE財団の次期賞金レースのテーマがテレイグジスタンスをベースにした「The Avatar XPRIZE」に決定したこともあり、大学だけでは対応が難しくなってきたという。そこで、技術を社会に還元するタームとしてTelexistenceを設立した。

 舘氏は「今の技術では、(ロボット側が)人間のスペックを再現できていないし、拡張も完全ではない」としつつ、ニーズと今の技術で実現できる落とし所を探すことで、テレイグジスタンスの社会実装を進めていくという。一方、純粋な研究開発の方は、日本科学技術振興機構(JST)の「アクセル」という舘氏が研究代表を務めるプロジェクトでも推進していくという。

 同社では、Telexistenceの市場として労働分野の開拓を目指しており、経団連企業へのヒアリングを実施。航空、建設・建機、旅行など、BtoBやBtoBtoC分野で引き合いがあったという。航空業界では、発券などのオペレーション業務で、空港の近くに住むスタッフが対応するのではなく、例えばオペレーション業務ができる沖縄のスタッフが対応にあたるといったことが実現できるか検討中だという。

 量産機については、2017年末ごろを目処にデモ用の実機を開発。2018年4月には実証実験を開始し、2019年の製品出荷を目指している。現在、研究に使用しているプロトタイプでは、装着したグローブの上から3本の指にセンサを被せ、動作の前にキャリブレーションを施す必要があるなど、使い勝手の面ではこなれていない部分が多い。量産機では、PCを使える人であれば使用できるよう、操作性をわかりやすく改善させるという。


オペーレーター側はセンサが取り付けられたライフジャケットのようなものを羽織る。また、手にはセンサを取り付けるためのグローブも装着する

ロボットのマニピュレータの青い部分に、触覚を検知するためのセンサが内蔵されている

 また、Telexistenceは遠隔操作のロボットを売ることだけが目的ではなく、複数のロボットを連携させて遠隔操作するためのクラウドプラットフォームを構築する予定もある。これにより、Telexistence以外のロボットも遠隔操作できるようになり、工場で稼働しているロボットからドローンに至るまで、さまざまなメーカーの、さまざまな場所にあるロボットに瞬時に“乗り移る”ことができる。

 このほか、インターネット上にはほとんど存在しない、人の動きに関するデータも、テレイグジスタンスを使用することで収集できるようになる。人の動きをもとにロボットの半自動化やアシスト技術を向上させたり、職人による動きをデータ化したりすることで、継承が難しかった技術を記録できるようになる。

 労働におけるテレイグジスタンスの活用は、遠隔操作による空間の移動だけにとどまらない。例えば、高齢者による作業で、肉体の衰えから視力の低下や手のふらつきで作業が進まない場合でも、ヘッドマウントディスプレイで視力を補完し、ロボット側で手のふらつきを吸収することで、経験を生かした作業に集中できる。また、パワーのあるロボットを使うことで、人間では扱えない重い資材などでも、あたかも自分の手で持つように操作することができる。


これまで制作してきたロボットたち。左にあるのは1989年に制作した「TELESAR」

KDDI出資の狙いは「新しい産業を一緒に作る」

 KDDIでは、次世代モバイルネットワーク「5G」の実用化を進めているが、Telexistenceへの出資は5Gの活用を目的としているわけではない。具体的にどういったシナジーが生まれるかはこれから検討するとのことだが、「新しい産業を一緒に作っていきたいという想いがある」と同社広報部は語る。

 舘氏は「わかりにくいものの将来性のある技術に対して、KDDIやグローバル・ブレインが理解を示してくれた。XPRIZEのテーマを受けて、米国では日本以上にテレイグジスタンスの研究が進んでいる。VRは米国の熱気に押されているものの、もともとロボット分野に強い日本がテレイグジスタンスで遅れを取らないためにも、両社の存在が重要になる」とした。

 今後KDDIは、同社の各産業における法人顧客の開拓、ソリューション開発に加え、コンシューマー向けサービスの開発、マーケティング、通信技術などを幅広くサポートしていくとしている。

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