私は、母の顔に浮かんだ恐怖の表情を決して忘れないだろう。
母は聡明な女性だった。3つの学士号と1つの修士号を取得しており、大学で1960年代前半にはびこっていた性差別に直面していなければ、博士になっていたかもしれない。
その代わりに、母は大手航空会社に就職した。そこで数学の才能を生かして、飛行機が安全に離陸できる積み荷の重さとバランスを計算した。
しかし、10年近く深夜のシフトで働いた後、物忘れをすることが多くなり始めた。最初は、必要な書類を持たずにどこかに行くといった些細なことだった。その後、事態は深刻になった。そして、母は自動車事故に遭った。
数週間の検査を終えて診察室から出てきたとき、母はショックを受けていた。57歳で若年性アルツハイマー病と診断されたのだ。
母は、思考を要するものであれば何でもやるように言われた。そして、クロスワードパズルをやり、本を読んだ。昔から数学が得意だったので、退職後のために投資してきた資産の価値を株式市場の動きと連動させて計算した。
もし母が今生きていたら、おそらくアプリストアの検索ウィンドウにアルツハイマー病と入力していただろう。最初にヒットしたのは、アルツハイマー病患者を支援する「MindMate」というアプリだ。このアプリには、インタラクティブな脳トレゲームが含まれる。説明文によると、このゲームは、「世界で最先端の研究成果に基づいて、ユーザーの認知能力を刺激する」という。MindMate以外にも、同種のアプリはたくさんある。
ここ数年、医学で解決できないことを解決すると謳うアプリやウェブサイトが爆発的に増加している。その多くは、脳力を高めるだけでなく、アルツハイマー病の予防にも役立つと主張する。専門家によると、そのほぼすべては、アルツハイマー病と診断されたばかりの人々に偽りの希望を売りつけているという。これらのアプリが謳う効能に科学的証拠は全くない。しかし、500万人以上の米国人がアルツハイマー病を患っているため、治療法に対する需要は大きい。
米国立老化研究所(NIA)の副所長を務めるCreighton Phelps氏は、「人々は絶望的な状況に置かれると、どんなことでも試してみようという気になる」と話す。
それでは、どんなことであれば実際に効果があるのだろうか。データによると、新しい言語を学習する、あるいは、自分の慣れ親しんだ分野からかけ離れたジャンルの本を読むといった活動は、症状の悪化を遅らせる可能性があるという。また、特定の種類のコンピュータゲームに認知症予防効果がある可能性があると、研究者らが2016年に報告している。
脳トレゲームの多くでは、プレーヤーがカードに描かれた図形を記憶する、パターンを再現する、魚が泳いでいる方向を識別する、といったタスクを実行することが求められる。
ゲームの腕が上達することはあるかもしれないが、そうしたゲームや同種のアプリに娯楽以上の効果があることを示す科学的証拠はない。
Lumos Labsの大々的なマーケティングを覚えている方はいるだろうか。パズルアプリ「Lumosity」には、ありとあらゆる効果があり、学業成績の向上や認知症の予防だけでなく、「外傷性脳損傷に苦しむ退役軍人の症状」も軽減できると同社は宣伝していた。
その宣伝文句は、米連邦取引委員会(FTC)の消費者保護局の弁護士であるMichelle Rusk氏の注意を引いた。Rusk氏はLumos Labsのマーケティングに科学的な根拠はないと判断した。Lumos Labsが「Lumosityで訓練すれば、現実の世界でさまざまな効果を得られることを証明する」科学的な調査結果など、「多くの誤った、または誤解を招く」主張で消費者を騙したとして、FTCは同社を提訴した(PDFファイル)。
FTCは2016年、声明の中で、「Lumosityには、物忘れや認知症、アルツハイマー病を予防する効果があると示唆することで、加齢に伴う認知力低下に対する消費者の不安を食い物にした。しかし、その宣伝広告を裏付ける科学的な根拠は全くなかった」と述べた。
判事はFTCの主張を支持し、Lumos Labsに5000万ドルの罰金支払いを命じた。
Rusk氏は、「Lumosityの一件は興味深い。なぜなら、われわれはLumosityが完全な詐欺で無価値だと主張したわけではないからだ」と話す。そうではなく、裁判所の命令はLumos Labsに対し、根拠のないことを主張することを禁じた。
同社は現在、Lumosityを「楽しい」娯楽として販売している。
Lumosの最高経営責任者(CEO)を務めるSteve Berkowitz氏は、「何かに時間を費やすのなら、楽しくて娯楽の要素があり、気分がよくなることに時間を費やしてはどうだろうか」と話す。
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