日本の農業は、TPPに揺れている。輸入農産物の関税撤廃・削減により、国内農業縮小が懸念されており、農業従事者の高齢化と後継者不足も引き続き深刻だ。
一方、インドの農業は日本とは異なる問題を抱える。1970年代の「緑の革命」でインド農業は大きく成長、世界2位の農地面積を持ち、人口の58%が農業に従事しているが、GDPに占める割合は年々低下し、現在は約16%だ。
インドの農業が抱える問題は日本よりも深刻で、それが「農民の自殺」という結果に現れている。インドでは1995年から2015年の20年間で、30万人以上の農民が自殺している。
インドの農業における問題は多岐に渡る。洪水や干ばつのような自然災害、旧式の灌漑設備、農業インフラの未整備や貯水意識の欠如による農作物の不作、政府の農産物買取制度の撤廃のような政治問題。
構造的な問題もある。中でも特に農民を苦しめているのは、「サプライチェーン問題」だ。
従前よりインドでは、農家が農産物を販売するためには「マンディ」と呼ばれる農産物販売センターを介する必要がある。そのため、農家はマンディの通商許可を持つ仲介業者に頼らなければ農産物を販売することができず、農産物の価格設定はそれらの仲介業者によって行われるため、質や量に対して不当な価格が提示されても農家はそれを受け入れざるを得ない。
さらに、生産者から購入者に農産物が渡るまで、ローカルレベルでも2~3の仲介業者が介入し、50~100km離れた都市部への販売にはそれ以上の仲介業者が介入することとなるため、生産者の利益はかぎりなく薄くなってしまう。
農産物の廃棄率も非常に高い。インドでは約40%の農産物が消費者の元へ届かず廃棄されている。インドのコールドチェーンは未発達であり、サプライチェーンに過剰な数の仲介業者が介入すると物流にさらに時間がかかり、農産物の廃棄量が増えてしまうのだ。
こうしたサプライチェーン問題を解決しようと生まれたのが、農産物のマーケットプレイス「Kisan Network」だ。
Kisan Networkは、51歳のSanjay Agarwalla氏とその息子で22歳のAditya氏によって2015年8月に創業された。インドの農業サプライチェーン問題を解決するため、地方の農家と都市部のレストランや食料品メーカーなどの購入者を直接つなぐマーケットプレイスを提供している。
その半年後には、世界的に有名なシリコンバレーのアクセラレーター「Y Combinator」の2016年冬バッチ(年2回行われる3カ月間の起業支援プログラム)に採択。6月には息子のAditya氏がPaypal創業者であるピーター・ティール氏によるティールフェローシップ(世界の20歳以下の学生から20~30人を選抜し10万ドルの資金と起業アドバイスを提供するプログラム)にも選ばれた。
サービス内容は非常にシンプルだ。農家はKisan Networkのプラットフォーム上に農産物の写真をアップロードし、希望価格や今後の生産予定時期などの情報を記入する。そして購入者はプラットフォーム上から希望の商品を選んで注文する。Kisan Networkは農家と購入者をマッチングするだけでなく、商品の選別から等級付け、配送、決済までを一気通貫で担う。
Kisan Networkの収益源は、農家と購入者間の取り引き時に発生する8%以下の手数料だ。既存の中間業者の手数料が11%以上であるのに対して低く設定されているため農家の収益は増える。
Kisan Networkは農業従事者の間で注目を集め、徐々に利用者を増やしつつある。その背景には、インドの農村部におけるインターネットの普及と彼らのマーケティング手法がある。
インドのインターネットユーザー数は2006年には3000万人前後であったが、2016年現在、4億人を突破している。農村部にも1.2億人のインターネットユーザーがおり、2020年には3億人を超えると予想される。Kisan Networkのアプリは農村部の人々が使用する安価なスマートフォンでも動くように作られている。
また、Kisan Networkは農村単位で「ローカルアンバサダー」を抱え、農民たちにサービス説明から利用サポートまで実施している。農村部の人びとの多くはインターネットサービスへの不信感を持っているため、オンラインマーケティングはあまり機能しない。対面でサービスのメリットを辛抱強く説明することが重要となる。
Kisan Network以外にもインドの農業を効率化しようとするITベンチャーが増えている。インドの農業は国内の約14億人だけではなく、輸出先の国々にも強い影響を与えており、将来起こるであろう世界食糧問題を考える上でも目が離せない。
(編集協力:岡徳之)
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