もう一度、ビジネスに話を戻します。取次、書店業界の方と書店産業について話すと、必ず出てくるのが、「そもそも書店の取り分が少なすぎる」という指摘です。
たとえば1000円の本が売れた場合、著者、出版社、取次、書店はいくらもらえるのか、を日米それぞれについてまとめてみると、以下のようになります。
この図だけをみると、「日本の出版社は分け前をとりすぎ」に見えるかもしれません。しかし、出版不況を題材にして大きな話題を集めた『だれが本を殺すのか』(新潮文庫)によると、上記の想定で、1000円の本を売り600円を得た出版社も、返本費用がかさむため、薄皮のような利益しか得られていません。下の図をごらんください。
返本のリスクは出版社が負うため、返本率が上がると出版社の利益を直撃します。上のグラフは返本率2割を前提としていますが、実際の平均返本率は4割にのぼります。
さらに、先の図に書き入れることができませんでしたが、出版社と取次の間では「正味」「支払い条件」「歩戻し」が常に不満の原因となっています。
「正味」とは出版社の卸値のことですが、歴史の古い出版社ほど優遇され、新興出版社はどんなにヒットを飛ばしていようと低く抑えられています。
「支払い条件」もかなり違います。古い出版社は、売れても売れなくても取次に入れた本に関しては短期間で支払いを受けられますが、比較的歴史の浅い出版社では先延ばしにされ、さらに「歩戻し」という名の、事実上の販売手数料(最大5%程度)まで取られます。
近年、出版社の合従連衡が続いていますが、背景にあるのが、こうした「取引条件」の違いだと言われています。それまで毎年のように赤字を出していた出版社が、大手出版社グループの傘下に入ったとたん、「正味」「支払い条件」「歩戻し」の改善により、経営がすぐに立ち直った例もあるそうです。
さらに、書店の間でも取引条件に格差が大きいことも、「書店問題」の原因の1つと言われています。
中小書店では、希望しても、ベストセラーの新刊が配本されないことが多いのです。
こちらを見ますと、中小書店の悲鳴が聞こえてくるようです。
書籍市場を戦場とするならば、中小書店は、「弾」なしで戦え、と言われているようなもので、確かに、これも重大問題です。
とにかく、「問題」ばかりが指摘されてきたのが日本の出版流通で、その状態は、筆者の知る限り、ここ数十年にわたって抜本的に改善された形跡がありません。
古いやり方と新しいやり方、ビジネスモデルが混在し、競争し、優れたモデルが成長しているのならまだいいのですが、日本の出版流通は大手2社が7割以上のシェアを占める寡占状態。そして取次にも出版社の資本が入っているなど、利害関係が入り乱れ、ドラスティックな改善に向かいにくい構造になってしまっているのです。
KADOKAWA、紀伊國屋書店、Amazonなどが進めているとされる、取次を通さない「直取引」も、大きく捉えれば、現在の出版流通の不合理を乗り越えるための方策として捉えることができるでしょう。
ここまでのデータで、何がいえるでしょうか? 改めてまとめてみました。
1.日本の「書店閉店」=「客が来ているのに閉店」は「活字離れ」ではなく、流通構造の問題を示唆する 2.米国では書店復活。そのカギは「ハイパーローカル」「コミュニティセンター」「ブランド」「ウェブフレンドリー」に 3.書店の苦境と電子書籍は関係ない。米国では書店の売上低下は電子書籍以前から起きているし、電子書籍以後に書店数は逆に増えている
日米では、お国柄も書店をめぐる条件もかなり異なります。しかし、米国における独立書店の復興を支えた4つの要素は、日本でも参考になるのではないでしょうか?
太洋社自主廃業が巻き起こしている「書店閉店」の嵐は、数十年にわたって蓄積されてきた日本の出版流通の矛盾を、一挙に噴出させている出来事といえるでしょう。
今回のことをきっかけに、旧弊を打破し、新しいビジネスモデルを作る方向へ向かうのか? それとも、これまでそうだったように、「電子書籍」「スマホ、タブレット」や「EC書店」など「外部要因」を持ち出して、改革を先送りし続けるのか、出版界には、大きな課題が突きつけられていると思います。
林 智彦
朝日新聞社デジタル本部
1968年生まれ。1993年、朝日新聞社入社。
「週刊朝日」「論座」「朝日新書」編集部、書籍編集部などで記者・編集者として活動。この間、日本の出版社では初のウェブサイトの立ち上げや CD-ROMの製作などを経験する。
2009年からデジタル部門へ。2010年7月~2012年6月、電子書籍配信事業会社・ブックリスタ取締役。
現在は、ストリーミング型電子書籍「WEB新書」と、マイクロコンテンツ「朝日新聞デジタルSELECT」の編成・企画に携わる一方、日本電子出版協会(JEPA)、電子出版制作・流通協議会 (AEBS)などで講演活動を行う。
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