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電子書籍ビジネスの真相

「緊デジ」問題を読み解く11の疑問(後編)--「黒船病」にかかった電子書籍の識者たち - (page 3)

林 智彦(朝日新聞社デジタル本部)2015年10月20日 08時30分
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 筆者はある会合で、この種の「識者」と議論したことがあります。「電子書籍はコストゼロでできる。AmazonにPDFをアップロードすればすぐできる」と主張する彼に対して、筆者は「いや、現状はとてもゼロにはなっていませんよ。仕様も実務も、確立したものがありませんから……売上部数1部あたりで考えたら、むしろコスト(原価率)は高くなっている例もあります」と述べましたが、彼は聞く耳を持ちませんでした。「キミは不勉強だ」という捨て台詞を、今も鮮明に覚えています。

 こういう方々からみれば、「年間刊行点数を上回る6万点を実質半年で制作」という緊デジの、そもそもの無謀さが、感じ取れなかったとしても、それは無理からぬところでしょう。

 そして、「6万点」の背後には「100万点」という数字もちらついていました。10月5日の記事「電子書籍のスキャンダル--経産省「緊デジゲート」がはじけたようです」でも述べたように、緊デジは、成立間もない「出版デジタル機構」が核の1つとなって手がけたプロジェクトでした。

 出版デジタル機構は、設立の目的として、「5年間で100万点の電子書籍を作る」ことを掲げていました。

「5年後のイメージですが、100万タイトル。21世紀になってすでに91万タイトルくらいの本が世に出た計算になるのですが、手に入るのはそのうち40万冊くらい。残りは品切れ絶版です。電子書籍によって100万という数字を作りたいと思います。それによって、 品切れ絶版しない世界が作れます。我々はその手助けをしたいと考えています」

(西田宗千佳氏「「出版デジタル機構」は日本の電子書籍を救うのか<上>」より、当時のデジタル機構代表取締役である植村八潮氏の発言)。

 2012~2017年までの間に、当時3万点しかなかった電子書籍を100万点にする――。これを字義通り捉えるなら、年に約20万点弱の電子書籍を増やさねばならないことになります。

 6万点の電子化を目指した緊デジが、100万点の電子化を目指したデジタル機構にとって、事業のスタート台として、極めて重要な意味を持っていたであろうことは、想像に難くありません。

 しかし、それにしてもなぜ「100万点」なのでしょうか? 筆者はおそらく、先駆者であった米Kindleストアのタイトル数(当時、おそらく120万点程度)がベンチマークになったとみています。

「米国で電子書籍がブレークしたのは、100万点を超える品揃えがあったから。日本でも、そのくらいのスケールを目指さないと電子書籍はブレークしない」

 こういう「解説」をする人たちが、当時の電子書籍界隈には少なくありませんでした。

 しかし、この認識がすでにおかしいのですね。本連載をよく読んでおられる方なら、すでにこの先をご存知かもしれません。

 そう、「日本は電子書籍の「後進国」なのか?--米国との差を「刊行点数」から推定」で紹介したように、Kindleストアの「電子書籍」のかなりの部分は、伝統的な出版社の本ではなく、自己出版やリプリント(再出版)の本が占めていると考えられるのです。

 次の図は、Kindleストアの書籍数と、Books In Printというデータベースに登録されている電子書籍のタイトル数を比較したものです。

 2014年までの時点で、伝統的出版社が刊行した電子書籍は、累計54万点。この中には、PDFなどもすべて含まれています。それに対し、米Kindleストアに登録されている電子書籍のタイトルは、239万点。この数字の差は、後者には、自己出版本や、パブリックドメイン(著作権切れ)の本をリプリントした本が大量に含まれているからだと考えられます。

 このグラフは、米国で「電子書籍革命」と呼ばれたものの中心的な担い手が、実は伝統的な出版社ではなく、自己出版作家や新興の出版社だったということも物語っているのですが、重要なのは、米国でも、伝統的な出版社の刊行する「電子書籍」は、いまだに100万点といった水準には達していない、という点です。

 このことは、「ビッグ5」と呼ばれる世界最大規模の出版社の電子書籍タイトル数を見ると、よりはっきりします。これと比較すると、デジタル機構の「5年で100万点」も、緊デジの「半年で6万点」という数値のいずれも、過大だったのではないか、という疑いが出てくるのです。

 「世界最大の出版社」で、英語圏の書籍売上シェアが7割にのぼる、と言われているペンギン・ランダムハウスの刊行している電子書籍が、最大10万点。「最大」としているのは、公表されているタイトル数には、英語以外の言語の電子書籍も含まれているとみられるためです。

 残りのアシェット、ハーパーコリンズ、サイモン&シュスター、マクミランの電子書籍は、それぞれ1万~3万5000点ほど。ビッグ5すべてを合わせても、19万点弱にしかなりません。

●海外
ビッグ5の累積電子書籍タイトル数:19万点
●日本
出版デジタル機構の目標タイトル数(5年間):100万点
緊デジの目標タイトル数(実質半年で制作):6万点

 「デジタル機構」の100万点、「緊デジ」の6万点、というのが、いかに冒険的な目標であったか、ということがおわかりいただけるかと思います。

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