スタートアップが知っておきたいIPOの落とし穴--特許訴訟は突然やってくる

大谷 寛(弁理士)2015年06月24日 08時00分

 「近々IPOを目指すというのであれば訴訟リスク回避は必須となる。審査厳しいもん。」(HORIEMON.COM)


東証マザーズに上場したベンチャー企業「グノシー」

 東証マザーズに2015年に上場したベンチャー企業「グノシー」の代表取締役が昨年8月に突然交代したことが話題になりましたが、一部では、その理由は同氏が「グリー」に対して負っているであろう競業避止義務違反のリスクを避けるためではないかと報じられました。

 引用したコメントは、そうした報道を受けた堀江貴文氏の一言。

 IPOを目指す上で、リーガル・リスクを抱えていることは大きな障害になります。たとえば近年は未払残業代について厳しく問われ、問題があれば上場準備の過程でキレイにすることを求められるようになっています。社員が数十人いれば、1億円を超える残業代支払債務を負っている可能性もあります。


オンラインゲーム会社「ネクソン」に買収された「gloops」

 特許との関係では、オンラインゲーム会社「ネクソン」に買収された「gloops」でリーガル・リスクが問題となりました。この案件の買収額は365億円で日本におけるスタートアップのM&A事例としてはとても大型のものなのですが、IPOを通過点としてさらに成長していく姿を見ることはできませんでした。

 gloopsがIPOを望んでいたか、確かなことは分からないものの、法的な問題を指摘された代表取締役に交代があったことからすると選択肢に入っていたと考えられますし、グノシーの場合には代表取締役の交代後無事に上場が承認されていますので、業績が好調だったgloopsにとっても障害はなくなっていたように思えます。

 しかし、当時の稼ぎ頭であった主力ゲーム「大熱狂!!プロ野球カード」に対し、gloopsは「コナミ」から特許訴訟を提起されていて、もう1つのリーガル・リスクに見舞われていたのです。


gloopsは「コナミ」から特許訴訟を提起されていた

 この特許訴訟がどの程度のリスクであったのかを考えてみるために、gloopsと同様に2012年10月に行われたグリーによる「ポケラボ」のM&Aと比較してみます。ポケラボはgloopsと同じくモバイルソーシャルゲームを提供していましたので、gloopsの理論的な企業価値算定の上で比較対象としてよさそうです。

 ポケラボの買収額は138億円。営業赤字なので売上高との倍率でみてみると、2012年9月期の売上高が14億円で、企業価値/売上高は10倍です(デット・キャッシュはゼロと仮定)。当時どのような業績予想を立てていたのかは分かりませんが、次の2013年9月期の売上高は60億円で、とりあえずこの数字で割ってみても2.3倍になります。

 一方のgloopsは、2012年6月の売上高228億円、営業利益59億円で、売上高を2.3倍してみると理論的な企業価値は524億円(こちらもデット・キャッシュはゼロと仮定)。買収額の365億円はたとえば30%ディスカウントされているような額になっていることが分かります。

 もちろん、このディスカウントがすべて訴訟リスクに起因するものとは断言できません。しかし、多くの場合、特許訴訟は紛争解決までに2~3年かかります。そうした不確実性が将来の業績予想を困難にした可能性があり、1つの見方として、どうなるか分からない大きな訴訟リスクを抱えた状況下での上場は避け、ディープなディスカウントを受け入れてM&Aに応じたと理解することができます。

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