サムスン電子ジャパンの代表取締役最高執行責任者(COO)に堤浩幸氏が就任して、2カ月余りが経った。就任発表の翌日には、スマートフォンの新製品「Galaxy S6/S6 edge」が発売され、堤氏は早速そのセールス強化とブランド拡大の陣頭指揮を執っている。IT業界に30年身を置き、NECという日本発のグローバル企業、シスコシステムズという米国発のグローバル企業で事業責任者のポストを歴任してきた堤氏は、アジア発のグローバル企業であるサムスンの現状と課題をどのように捉えたのか。そしてGalaxyが目指す将来をどのように考えているのだろうか。
--COO就任から2カ月弱が経ちましたが、まずは就任して感じたサムスンの印象について教えてください。
堤氏:非常に高いポテンシャルを感じながらエキサイティングな毎日を送っています。サムスンにはこれまで蓄積したスキルや経験を元にした“まだまだやるべきこと”や“将来のためにできること”がたくさんあり、とてもチャレンジングな環境であるということを日々感じているのです。サムスン電子ジャパンは、日本料理とアジア料理と西洋料理をミックスしたような雰囲気があって、もしかしたらここに“スパイス”を振りかければ、これまでにない新しい味=価値が生み出せるのではないでしょうか。今は私自身がそのチャンスをいただいているものと認識して、新しいサムスン電子ジャパンを作っていこうとチャレンジしているところです。
--具体的にスパイスの中身をどのように考えているのでしょうか。
堤氏:ひとつは、もっとお客様のニーズを的確に捉える姿勢を持つことです。昨今のお客様のニーズは多岐にわたっています。機能だけ、デザインだけというわけではありません。一方では電話(通話)だけでいい、チャットだけでいいというユーザーも多く、MVNOの市場も活性化しました。こうした市場環境において、スマートフォンにはこれから何ができるのか、どうすればスマートフォンに新たな価値が生まれるのかということを考えなければいけません。多様化するニーズにサムスンがどのように応えていくのかを考え、実行していくことが重要だと考えています。 もうひとつは、これまでサムスンは主にBtoCに事業展開してきましたが、今後はBtoBやBtoBtoCにフォーカスした事業展開を考えていくことも重要ではないかと考えています。
--4月23日に発売したGalaxy S6/S6 edgeについて、マーケティングの側面からお伺いします。今回の発売については、日本版のみサムスンのロゴが端末から消えたというのが話題になりましたが、改めてその意図などについて教えてください。
堤氏:これは特殊な意味があるわけではなく、ロゴを入れた場合と入れなかった場合を比較して、ロゴを入れずにシンプルに提供したほうが端末のデザイン性が高まるのではないかと判断したということです。他社製品をみてもロゴを入れないデザインは少なくなく、こうした端末デザインのトレンドに合わせたということも言えます。加えて、今回この素晴らしいスマートフォンをリリースしたことで、製品がもたらす価値を「Galaxy」というブランドに集約したい、Galaxyのブランド価値をお客様にご理解いただきたいという思いがあり、製品名を第一に考えることにしました。
--そのGalaxyが持つブランド価値とは何か、具体的に教えてください。
堤氏:今回の機種については、「Power&Beauty」(高い性能と美しいデザイン)という表現ができるのではないかと思いますが、付け加えるとここに「Cool」(使い心地の良さなど)という価値があるのではないかと思います。私自身がこの端末を日常的に使って感じるのは、パフォーマンスが格段に高いということ。カメラの操作性やCPUの性能による素早いレスポンスなどはすばらしく、こういった長所がGalaxyの良さであり、こうした長所を数多く盛り込んだ高付加価値な製品を出していくことが、Galaxyのブランド価値であると考えています。
--ただ、端末が高機能で高品質な“高級機”だと「製品の価格が高い」というユーザーの声も聞かれてきます。
堤氏:この点については、販売する各通信キャリアの努力やメーカーである私たちの努力もあって、昨今の店頭価格は決して手が届かないほど高価なわけではないと認識しています。むしろ、今は(各社の端末購入サポートなどにより)非常に手が届きやすく、費用対効果が高い状態にあると言えるのではないでしょうか。Galaxy1台の定価は、実際には40インチの大型テレビが1台買える程の値段ですが、実勢価格は違うのです。
だからこそ、この1台をただの電話機としてだけ、メールをチェックする道具として使うだけではもったいないのです。では、スマートフォンにはこれから何ができるのか、IoTの時代にスマートフォンによってどのような新しい利便性が生まれるのか、それを考えさせてくれるトリガーになるのが、このGalaxy S6/S6 edgeなのではないかと思います。
--モバイル市場では同時期にSony MobileがXperiaの新モデルを発売し、直近の噂では9月にもAppleがiPhoneの新モデルを出すと言われています。こうした競争が厳しい状況で、どのようなマーケティング戦略を考えているのでしょうか。
堤氏:まず、市場を活性化しアップグレードするという意味では、競争が活発になることは歓迎したいと思います。いまモバイル市場は大きな潮流の中で新しい波が生まれる“潮目”に来ていると感じていて、こうした市場の動きはポジティブに捉えていきたいと考えています。その上で、私たちが生み出そうとしている“新たな波”は、スマートホームやIoTといったテクノロジーの新しい潮流を活用しやすい環境を作っていくことだと考えています。
BtoCの領域でも、例えば撮りたいときに直感的に美しい写真が撮影できるカメラや、写真を美しく表現する高品質なディスプレイ、シンプルモードでお子様やお年寄りでも簡単に活用できる点など、Galaxyが新しい発見や驚きを体験できるようなスマートフォンであることを、もっと世の中に伝えていく必要があると考えています。Galaxyはただ見せるだけではその良さが伝わらないと思っています。実際に触れていただいて、新鮮な驚きを体感していただける機会をもっと作っていかなければならないと思っています。
--ちなみに、Galaxy S6/S6 edgeでは前モデルに対してプリインストールアプリを大幅に減らしました。
堤氏:これは世の中のさまざまなクラウドサービスが浸透したことにより、必要なものだけを提供してあらゆるアプリをプリインする必要はないという発想によるものです。ユーザーが不要だと感じるアプリを満載したところで、ユーザーは決してハッピーではありません。ユーザーが利用するさまざまなクラウドサービスとの連動がスムーズだということをアピールしたい意図もあります。
--IoTというキーワードを挙げていますが、Galaxyを中核に据えたIoTは、具体的にどのようなイメージなのでしょうか。
堤氏:かつては、1日の中で携帯電話を利用するシーンは、電話、メール、チャットくらいで十分だったのではないでしょうか。しかし、Androidスマートフォンを使う1日は、電話、メール、チャットだけでなく、朝起きるときには目覚まし時計になり、リビングではテレビや家電のリモコン代わりになって、仕事に行く前にはニュースや仕事の連絡を確認して、会社の中では企業内のセキュアな環境で業務情報を活用したり、PCやタブレットと連動した活用もしたりして、帰宅したら音楽や映像を楽しんだり、日常の生活パターンにおいて常にスマートフォンが自分と一体になっているでしょう。自分の周囲にあるあらゆるデバイスや情報と一体となっているのです。
私たちが考えなければならないのは、こうしたユーザーとスマートフォンが一体となっているライフスタイル=スマートライフをどのように充実させられるかということです。Galaxyを活用することで、その答えをBtoC、BtoB、BtoBtoCのあらゆる領域で体感できるのだということを、今後提案していきたいと考えています。スマートフォンがユーザーの利用によって蓄積されるさまざまなデータを解析して行動パターンを理解することで、簡単な操作をするだけでユーザーの日常生活をアシストしてくれる「コンシェルジュ」のような存在になっていければ良いのではないでしょうか。もしかしたら、コンピュータというよりもロボットに近い存在になるかもしれません。
--そうなると、スマートフォンの形も大きく変わるかもしれませんね。
堤氏:その通りだと思います。スマートフォンも今の形のままでずっと続くとは考えられません。本音を言うと、Galaxy S6/S6 edgeを「スマートフォン」と呼ぶのも本当は止めたいくらいです。Galaxyはもはや電話機(フォン)を超越した存在であり、このモデルがスマートフォンの“次世代の在り方”を考えていく第一歩であると思っています。今の時代は、ITが水や空気と同じように当たり前に使える存在になっていて、でもその価値が世の中で希薄になっているのではないでしょうか。改めてITが世の中にもたらす価値を再定義してポジションを高めるためには、ITが企業の生産性が更に高めたり、日常生活をより豊かにしたりする存在にならなくてはいけません。そのわかりやすい第一歩がスマートフォンであり、Galaxyではないかと考えています。
--スマートフォンとウェアラブル端末との関係はどのように感じていますか。
堤氏:スマートフォンとウェアラブルが共存していくためには、ウェアラブルがユーザーにとってどのような存在であるべきかを考えていく必要があると思います。例えば、ディスプレイは本当に必要なのか、ディスプレイがあることでどのような新しい体験が生まれるのか、ユーザーの利用シーンに応じたウェアラブルの定義が求められるでしょう。いま世界的なトレンドはディスプレイをデジタル化した時計型端末で、レガシーな時計メーカーもこぞって参入してきています。しかし、かつてデジタル時計が流行したときにその後アナログ時計が復権したように、同じような動きはあるのではないかと思います。重要なのは、ウェアラブルがユーザーにとって「何のために存在するのか」という本質を考えることであり、そこがはっきりしなければ市場は長続きしないと思います。
しかし、それはスマートフォンでも同じです。従来は「電話機」としての役割を果たせばよかった。それが、電話機にさまざまな付加価値が加わってきて、今後も進化を遂げていく。それがユーザーにとってどのような価値をもたらすかを私たちは考えていかなければなりません。ユーザーのスマートフォンに対するニーズは明らかに変わってきています。そのニーズを理解して、応えることが重要だと考えています。
--しかし、多様化するユーザーのニーズにすべて応えようとすると、使わない機能も満載したいわゆる“全部入り”がよいのか?という話になってしまいますね。
堤氏:具体的なユーザーニーズに応える戦略を考える上では、MVNOのマーケットを考えていくことも重要であり、市場性も高いのではないかと思います。私たちもMVNOに参入する用意はありますし、参入はユーザーの声を聴いて判断していきたいと考えています。
--Galaxy S6/S6 edgeを中核にした今後の戦略について教えてください。
堤氏:私は、Galaxyは端末だけを売っていればいいとは思っていません。端末はあくまでユーザー体験のスタート地点であり、そこからGalaxyが生み出す世界を私たちのアイデアとユーザーのニーズとを組み合わせて、一緒に生み出していきたいのです。もしかしたら、Galaxyから世の中を変えるようなイノベーションが生まれるかもしれません。
もちろん、スマートフォンには使い方を誤るとセキュリティの問題などを引き起こすリスクもあります。安全、安心を担保した上でユーザーに高い利便性や新しい楽しさを生み出していくということをGalaxyによってリードしていくことが、私たちのミッションです。
--最後に、日本、米国、アジアと異なる地域を拠点にするグローバル企業で活躍してきた経験から、今のサムスン電子ジャパンに足りないものは何か、チャレンジすべき課題は何かを教えてください。
堤氏:足りていないところだらけですね(笑)。しかし、だからこそ伸びしろがあると感じています。私たちには課題は何か、足りていないところはどこかがはっきりと見えているので、それを克服するためのアクションは日々実践して組織をアップグレードしています。その伸びしろがあると思えることは素晴らしいことであり、足りていないと感じながらこれだけのオペレーションができている状況で、これがパーフェクトな組織になったら何を実現できるのかと想像すると、とてもエキサイティングです。できていないからこそ、やるべきことが明確にわかっている。できていないからこそ、できることがこんなにたくさんある、こうやって課題をポジティブな視点で捉えていけば、こんなに面白い会社はないと思います。
これからサムスンが目指す未来が、「アップグレード(進化)」なのか、「チェンジ(変革)」なのか、「ディスラプション(中断)」なのか、「デストロイ(破壊)」なのか……。単なるアップグレードならば誰でもできます。それに捻りを加えたチェンジを実現するためには、社会構造全体の変化を伴わなければ会社は異端児になり、ガラパゴスだと言われてしまいます。ディスラプションは、クリティカルな問題が部分的に発生しているような状況であれば、一度すべてをゼロにして考え直すべきだという発想であり、デストロイは成長に停滞感が生まれたときに、それをすべてフラットにして新しい価値を構築していこうという考え方です。これからのサムスンには、このどれも当てはまるのではないかと思います。
特に、Galaxy S6/S6 edgeは「ゼロスタート」で開発した端末であり、この4つの考え方を組み合わせた発想で開発された製品です。最近のスマートフォンは概ね前モデルをベースにした「アップグレード」ですが、それを繰り返していくと、どこかの段階で新しいステージに前進して「ゼロスタート」の新製品を生み出さなければならなくなります。それを実現したのが、Galaxy S6/S6 edgeであり、私たちが実現したいIoT時代のスマートライフはここから始まるのです。
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