スマートフォン向けゲームアプリとしてリリースし課金アイテムも実装されていながら、課金システムを約9カ月導入せずに運用。メディアミックスプロジェクトをうたいながら同時展開をせず、派手な動きもなし。しかし熱心なファンを徐々に獲得し、企業ブースとして出展したコミケではグッズが完売。再販としてiTunesで配信されたミニアルバムはアルバムチャートで1位。1周年記念として行われるZepp Tokyoで開催予定のファーストライブイベントは、キャパシティを大幅に超える申し込みで盛況――。そんな少し変わったような動きに見えるのが、Donutsの「Tokyo 7th シスターズ」(ナナシス)だ。
Donutsといえば、10秒動画コミュニティアプリ「MixChannel」や就活支援コミュニティ「ソーシャルランチ」といったウェブサービス事業と、「暴走列伝 単車の虎」や「ヱヴァンゲリヲン バトルミッション」(配信はブシロード)といったモバイルゲーム事業を中心に展開していることで知られる。そのモバイルゲーム事業のなかでも、IP(知的財産)としてメディアミックスコンテンツを目指すプロジェクトとして立ち上げられたのが「Project 7th」で、ナナシスはそのプロジェクトから発信したタイトルという位置づけとなっている。
アイドルが注目を集めている現代とは対照的に、アイドルがいなくなった西暦2034年を舞台に、次世代アイドル劇場型スタジオ「777(スリーセブン)」(ナナスタ)の二代目支配人となったプレイヤーと、そこで出会うアイドルたちの物語を描いたアイドル育成&リズムゲーム。登場する50人以上のアイドルによって展開されるシナリオはフルボイスで収録。また楽曲は、テーマソング「Star☆Glitter」を手がけたkz(livetune)氏らをはじめとした若手アーティストが参加し、リズムゲームも楽しめる。
ナナシスはiOS版を2014年2月から配信を開始。同年10月には大型アップデートによるリニューアルをし、11月からはAndroid版の配信も開始した。実はiOS版のリリースから大型アップデートまでの約9カ月間、マネタイズ施策である課金システムをあえて外し、シナリオや楽曲などのコンテンツ追加によって運用を続けた。
そして2015年に入ってからProject 7thとしてのアップデートを宣言し、5月にファーストライブの開催を発表。会場はZepp Tokyoながら、2度のチケット先行販売ではキャパシティを大幅に上回る応募があり、人気が目に見える形となって現れ始めた。
ゲームアプリで注目を集めるのはリリースのタイミングであり、同時にメディアミックスによる露出でファンを獲得し、ビジネスにつなげていくのが一般的だ。また課金システムをこれだけ長期間導入しないままコンテンツを運用するのも、コストを考えると難しいところだ。
なぜ長期間マネタイズ施策をせず、初期段階のメディアミックスも行わなかったのか。その一方で熱心なファンをどう引きつけたのかなど、本作の取り組みをProject 7thのプロデューサーを務める中川尚人氏に聞いた。
もともとProject 7thは同社に所属する茂木伸太郎氏が立ち上げたプロジェクト。ゲームの枠にとらわれず、あらゆるプラットフォームでも作品として展開し、IPとして成長していくことを目的としている。茂木氏はプロジェクトの総監督。世界観設定からシナリオ、キャラクター、企画コンセプトなどを担うほか、イラストラフやボイスドラマの脚本を自ら手がける。音楽方面では楽曲コンセプトや歌い分けの設定、収録に立ち会ってのディレクションまでをこなす。コンテンツの隅々まで携わり、リニューアル前まではゲームの企画や運営プロデューサーも担当していた。
「ゲーム開発が立ち上がるまでは完全にひとりの状態で進め、プロジェクトとして立ち上がった当時も仕切れる人が茂木しかいない状況でした。一方で茂木自身も自らやるという気持ちを強く持って進めていましたが、ひとりで担うにはあまりにもプロジェクトが大きすぎる状況でした。私はリニューアルに向けた開発の途中からDonutsに入ってプロジェクトに参加したのですが、それからは茂木にはコンテンツ制作に集中してもらい、私がゲームの運営やコンテンツの成長、発展を担う役割分担をしています」(中川氏)。
リリースに際して課金システムを導入しなかったのは、コンテンツとしてパワーのあるタイトルなのか、そして受け入れられるかを見定めるためだったという。そしてそれは同社の代表取締役である西村啓成氏からの案でもあったと語る。
「目先の売上にとらわれず、まずはコンテンツに集中する環境を用意すると同時に、リリースしてみないと見えてこない反響を見定める期間を用意しておく。『単車の虎』でもはじめは課金システムを入れていなかったので、このあたりは西村の考え方なのだと思います」(中川氏)
昨今のアニメやゲームでは、アイドルをテーマに扱った作品が強い存在感を出している。本作もアイドルがテーマなのだが、アイドルものありきで進められたのではなく、あくまで茂木氏がやりたいことや表現したいことありきで、なおかつ西村氏から“女の子もの”を勧められたこともあり、それらが合致して実現できるものとしてアイドルがテーマになったという。
「茂木が大学時代に映像制作の勉強やバンド活動もしていたこともあり、シナリオを見ていると1990年代の多感だった時期に得られたものが、一番影響していると思います。また、ナナシスは新しい才能、これからを感じさせる方と作って成長していくコンテンツにすると考えています。新しい感覚や視点を引き出して、オリジナリティを出していくという考え方で、若手のクリエーターや声優の起用にはそういった理由もあります。アイドルをテーマにした素晴らしい作品はいくつもありますが、それらを参考にしたり意識して差別化を狙うというよりも、関わっている人が違えば、おのずと違う作品になるという考え方。ナナシスは茂木が作っていることそのものが差別化と言えます」(中川氏)
中川氏はリリース直後のナナシスを個人的に遊んでみて、キャラクターやシナリオ、楽曲といったコンテンツのポテンシャルを感じる一方で、ゲームとしては活かし切れていないとも思ったという。そのような状態かつ大きな展開をしなくても熱心なファンがついていたのは、コンテンツの持つ力があるからと推察。そんな中川氏がチームに参加した際に茂木氏と話をして感じたのは、こだわりよりも思いが強いタイプだという。と同時に、コンテンツとして軌道に乗っていくだろう確信したと振り返る。
「これは茂木も私も全く同じ意見なのですが、多数決とか合議で決めた作り方ではいいものができないと思っています。だから、ナナシスに関することは茂木自身が決めればいいと。ただ茂木は独善的ではなくて、人の意見は柔軟に聞きつつ最適な方向性を示す感覚に優れていて、すごく素直で真っすぐなんです。私やチームのスタッフも、茂木が決めたからと萎縮して意見を言わないということもないです。クリエイティブな作業は魂を削って生み出すようなことですから、それを後押ししたり、きれいな形で伝えることを周囲がやっていくことが大事かなと思います」(中川氏)
熱心なファンがついた理由には、Donutsがモバイルゲーム事業を展開しているところもあるが、スマートフォンが人数規模として大きい上に接触時間が長いプラットフォームであり、いろんな作品が発表しやすい環境であること、さらにリズムゲームがメインでなくても、音楽にこだわって作っていることが伝わる環境であることも大きかったと付け加えた。
リニューアルでは意見として最も多かったというリズムゲームを改修したのをはじめ、システムやUIも作り直しに近い形で開発。音楽をはじめとしたコンテンツの魅力も伝わるようになったという。またリニューアルにあわせて課金システムを導入。万全な状態にしてからAndroid版をリリースしたことによって、徐々に支配人(ユーザー)が増えていったという。
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