このように資金調達を節目として特許出願の動向を整理していくと、資金調達の直前と直後は特許出願の重要なタイミングであるという見方ができそうです。
資金調達の直後については、資金的余裕が生まれることで開発に労力を割くことができ、新しい視点が生まれやすくなること、資金調達の際にいつまでに何を達成するのかというマイルストーンが事業計画の中で設定されており、新機能や新プロダクトの開発に自然と注力することになることなどが新たな発明が生まれる背景と考えられます。
たとえば、Amazon.comの有名な1-Click特許(米国特許第5960411号)も資金調達の数カ月後というタイミングに発明が生まれています。スタートアップの特許出願の現場でも、そのような経験があります。
資金調達の直前については、労力という側面では投資家への説明に社内のリソースが取られてしまい、発明が生まれやすい環境ではないかもしれませんが、投資家に対して提示する事業計画の作成は、今後の成長市場において自社がどのように収益を生んでいくのかというシナリオを数字に落とし込み、言語化していくプロセスです。
このプロセスには、他社よりもターゲット顧客のニーズを深く満たすために必要な機能・プロダクトは何かという問いを深く考えることが含まれ、それに答えることは、「何かを解決するための新しい視点」である「発明」を同時に生み出すことにつながると言えます(第2回)。
いずれにしても、資金調達の直前と直後は発明が生まれやすく特許出願の重要なタイミングであるというのはここでは仮説にすぎませんが、フィットビットは、事業の発展とともに生まれた発明を見落とすことなく特許出願の手続きに進めていく体制を上手く作り上げていることが窺われます。
いつ価値の高い発明が生まれるかは置かれた状況によって異なり、一般化は難しいかもしれません。ですが、スタートアップがそれぞれ自社で発明の生まれやすいタイミングを理解して、タイムリーに特許出願すべきか否かを検討していければ、競合に差をつけることができます。因果関係は必ずしも解明されていないものの、特許出願の有無によってスタートアップのイグジット成功確率が数倍異なるという調査結果も欧米で出ています。
みなさんのスタートアップではいつビジネスに大きな進展があったか、その時に価値の高い発明が埋もれてしまっていなかったか、今後のために振り返ってみて頂くととても有益だと思います。資金調達のタイミングは、その際のヒントになります。
ご質問ありましたら Twitter(@kan_otani)で。
大谷 寛(おおたに かん)
弁理士
2003年 慶應義塾大学理工学部卒業。2005年 ハーバード大学大学院博士課程中退(応用物理学修士)。2014年 主要業界誌二誌 Managing IP 及び Intellectual Asset Management により、特許分野で各国を代表する専門家の一人に選ばれる。
専門は、電子デバイス・通信・ソフトウェア分野を中心とした特許紛争・国内外特許出願と、スタートアップ・中小企業のIP戦略実行支援。
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