特許権に“画期的”なテクノロジは不要?--ノーベル賞受賞者のLED発明から考える

大谷 寛(弁理士)2015年03月19日 08時00分

 特許権が技術を守る権利、マネをさせない権利であることは知っていても、実際にはどういうものか見たことがない。そういう方は少なくないのではないでしょうか。

 そこで、具体例を取り上げて、実際の特許権をご紹介したいと思います。一度でもみたことがあると距離が縮まりますよね。このような特許権が裁判所で権利行使され、M&Aのデューデリジェンスで評価され、ライセンス交渉のテーブルで議論の対象となります。

 取り上げるのは、青色発光ダイオード(LED)で2014年にノーベル物理学賞を受賞した中村修二氏を発明者とする特許第2998696号です。青色LEDを使って白色照明を実現するための方法が内容になります。特許は画期的なテクノロジじゃないと。しかもノーベル賞受賞者の発明なんて。そうした先入観を見事に裏切ってくれる好例です。

 ただし、いきなり特許権をご覧いただくと、その分かりにくさに困惑される方も多いかもしれません。そこで、少し発明が生まれた背景を紐解きながら、話を進めていきます。


 まず、左の模式図をご覧下さい。よくあるLEDの構造を示しています。

 青色LED1がカップ3の底に置かれ、それを樹脂4が覆っています。樹脂4の中には、青色LED1からの光の色を補正するための蛍光物質5が入っています。

 赤色と緑色に加えて、色の三原色の青色がバランスよく揃うと、人間の眼には白色に見えます。

 赤色LED、緑色LEDは1960年代から製造されており、青色LEDが実現できれば、白熱電球の100倍の寿命で低消費電力の白色LEDも夢ではないと言われていました。当時、地球の電力消費の4分の1は照明用途であり、その省エネ化を図れるという期待は、白色LEDが望まれていた理由の大きな1つです。


白色発光の一方式

 しかし、青色LEDは、理論的には実現可能性が知られていたものの、現実に作製することが極めて困難でした。今回ノーベル賞を受賞した赤崎氏、天野氏、そして中村氏が80年代後半から90年代前半にかけて世界で初めてLEDによる青色発光を実証し、1993年11月に中村修二氏が所属していた日亜化学が量産化に成功するまで、数多くの研究者・企業が失敗を重ねていました。

 そのような中で、LEDによる白色照明、さらにはフルカラーディスプレイを真剣に考えた人が少なかったことは想像に難くないですよね。

 中村修二氏を含む日亜化学のチームは、一歩先を行っていました。「LEDによるフルカラーディスプレイの普及」という、分かってはいたけども今まで深く考えてこられなかったニーズに対して、いち早く真剣に取り組みました。

 LEDによるフルカラーディスプレイというプロダクトを考えてみると、青色LEDが手に入るのであれば、さきほどの図のように赤色LED、緑色LED、それから青色LEDを各ピクセル内に並べて配置すればよさそうです。赤、緑、青が欲しければ、それぞれ単体でオンにして、白が欲しければ3つすべてオン、その他の色は各色の明るさを調整することで得ることができます。

 ですが、実際に試してみると問題があることが分かりました。たとえば青が欲しいとき、青だけをオンにしているにもかかわらず、青色LEDからの光が隣の緑色LEDの樹脂内に含まれる蛍光物質に当たってしまい、もともと欲しかった青に他の色が加わってしまうのです。

 この問題を日亜化学のチームは「LED間の混色」と呼んでいます。そして、この混色問題を解決するためのアプローチが特許権の対象となっています。

 第1回でお話したように、特許権は「あなたの許可がなければ同じことはできない」というものでした。もう少し丁寧にいうと、「あなたの許可がなければ同じ発明を用いることができない」というのが特許権の威力になります。そのため、特許権が及ぶ範囲を決めるために、特許出願の審査では「発明」を文章で記述して、その内容をきっちりと特定していくことになります。

 では、ここでLED間の混色問題を解決するために日亜チームが発明した内容をそのまま引用しますので、読んでみてください。分かりやすくするために、最初に示した模式図と変わらない部分に同じ参照番号を振っています。


 専門家でも何度か読まないと理解できないのが普通ですので、できればもう一度、最初の模式図をみながら読んでみてください。

その際、樹脂4が2つの部分に分かれている点に注目してみてください。

 いかがでしょうか。

 模式図と違う部分は、樹脂4を「第一の樹脂部」と「第二の樹脂部」に分けて、蛍光物質5をカップ3内の第一の樹脂部にのみ含有させたという点になります。それだけといってしまえば、それだけです。しかし、このようにすることで、隣のLEDからの光が蛍光物質5に当たってしまう確率を大きく下げて、混色を抑制することができるようになります。

 今からみると極めて単純に思えてしまうのですが、やはり、早かったのです。この特許出願は、日亜化学が青色LEDの量産化に成功した1993年11月よりも前の同年9月に申請されています。特許出願後、他社から審査経過についての特許庁への問い合わせが40件以上、特許権成立後には権利を無効にする手続が2件請求されて、攻撃に晒されましたが、無効にされてしまうようなことはありませんでした。

 青色LEDの実現は画期的なテクノロジで、ノーベル賞を受賞し、青色LED自体の特許権も数多く存在します。


 しかし、今回ご紹介した特許権は、かならずしもテクノロジ自体に新しさがあるわけではありません。今まで深く考えられてこなかった青色LEDの応用に真剣に取り組むことで、そこに新たな課題とその解決策を見出し、業界の注目を集める発明が生まれたのです。

 スタートアップのプロダクトも共通するところがないでしょうか。アイデアが斬新というケースもありますが、アイデアとしては知られているけども実際にビジネスに落とし込んで実行した人が今までいなかったというケースも多いです。ターゲット顧客のニーズを満たそうとプロダクトを改善していく中で、これまで皆が気付いていなかった課題を見出し、それを解決するための新しいアプローチを手にしていくのです。

 みなさんのプロダクトにも、価値の高い発明が隠れている可能性が十分にあります。社会にインパクトをもたらすプロダクトが生まれていれば、競合が気にせずにはいられない発明をそこから引き出すことのできる可能性が高いです。特に市場黎明期あるいはプロダクトライフサイクルの導入期においては大きなチャンスがあります。

 引用した発明の文字数をカウントしていただくと、254文字です。経験に基づくもので主観は入っていますが、日本語の場合、300文字前後に収まっている発明は、競合に対する影響が大きく、価値が高い傾向にあります。みなさんが特許出願をする際には、顧客ニーズを満たすために必須ではない部分を削ぎ落として、選び抜かれた300文字でプロダクトが表現されているか、ぜひ議論をしてみてください。

 ご質問ありましたら Twitter(@kan_otani)で。

大谷 寛(おおたに かん)

大野総合法律事務所 弁理士

2003年 慶應義塾大学理工学部卒業。2005年 ハーバード大学大学院博士課程中退(応用物理学修士)。

2014年 主要業界誌二誌 Managing IP 及び Intellectual Asset Management により、特許分野で各国を代表する専門家の一人に選ばれる。

専門は、電子デバイス・通信・ソフトウェア分野を中心とした特許紛争・国内外特許出願と、スタートアップ・中小企業のIP戦略実行支援。Twitter : @kan_otani

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