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電子書籍ビジネスの真相

始まるか、電子図書館「仁義なき戦い」--新展開を迎えた日本の電子書籍 - (page 3)

林 智彦(朝日新聞社デジタル本部)2015年04月17日 08時30分
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図書館に強い丸善CHI、紀伊國屋

 真ん中のレイヤーは「BtoB(toC)」(法人向けまたは法人を介しての消費者向け)。ここで注目されるのが「図書館」と「大学」です。楽天が今回買収したOverDriveは、米国を中心に大きなシェアを持つ、おそらく世界最大規模の電子書籍サービスプロバイダですが、実はこの領域では、丸善CHIグループのプレゼンスが目立ちます。

 特に図書館流通センター(TRC)は、コンピュータで書籍を管理するのに必須な書誌データ「MARC(Machine Readable Cataloging=機械可読目録)」で大きなシェアを誇ります。TRCによれば、公共図書館で8割以上とのこと。こうした図書館では、蔵書や貸出システムを提供するベンダーも、図書館に本を販売する書店も、TRC-MARCを使わざるを得ません。

 システムの中心を流れる「血液」ともいうべき部分を握っているために、本の販売や管理などで、システム化を中心に据えた業務合理化の提案ができることがTRCの強みでしょう。電子図書館サービス(「TRC-DL」)も、すでに提供実績があります。

 他方、丸善は、洋書の大学(図書館)向けの外商で一時代を築いてきた企業です。電子書籍(図書館)サービスも、「MARUZEN-DL」「Maruzen eBook Library」という2つの商品を提供しています。

 大学図書館市場では、丸善のライバル的存在が紀伊國屋書店です。書店のように目に見えないためにわかりにくいのすが、伝統的に外商部門が強く、利益のかなりの部分は、実はそちらで稼ぎ出していると言われます。

 紀伊國屋書店も、凸版印刷と組んだ「Net Library」という電子図書館サービスをすでに開始しており、KADOKAWA、講談社などと設立した「日本電子図書館サービス(JDLS)」もこの4月から本格稼働しました。また、自社の法人顧客向けの書籍販売サービス「BookWeb Pro」でも電子書籍の取り扱いを始めました。

 他方、Amazonは、初期には大学や図書館との共同事業も模索していたようですが、電子図書館はビジネスとしては立ち上げていません。2011年にOverDriveが、ソニーの「Reader」やKoboの電子書籍端末などが対応する「EPUB」に加えて、Kindleのフォーマットにも対応したことで、図書館の世界は、ある意味、OverDriveに任せたような形になっています。

 そのOverDriveですが、楽天買収以前から、電子書籍ベンチャーのメディアドゥと提携し、日本でも電子図書館サービスを展開しています。

 しかし、これまで述べてきたように、日本の図書館界は、TRC、丸善、紀伊國屋といった既存事業者がひしめいています。電子図書館事業を始めるにも、既存のシステムとのつなぎ込みが必要。住民、地方公共団体、議員、図書館支援団体、システムベンダーなど、ステークホルダーが多く、ある意味、出版界以上に複雑な図書館業界で、足がかりをもたないOverDriveは、苦戦を強いられるのではないか、と筆者は予想しています。

 もちろん、結論を出すのは早過ぎますが、Amazonも手を出さず、楽天・OverDriveもまだまだこれから、というのが現時点の日本の「電子図書館」の世界なのです。

 コミックを中心にかなり普及してきた日本の電子書籍ですが、電子図書館の方は、諸外国と比べて完全に立ち遅れています。筑波大学の池内有為さんがまとめた資料(下記)によると、電子図書館の普及率は、米国で89%、英国で97%なのに対し、日本はわずか0.6%です。


筑波大学・池内有為さん作成資料の一部

 他方、事業者から見ると、競争の激しい消費者向け市場と比べて、BtoB(toC)事業は、ノウハウや実績さえあれば、比較的安定したビジネスができる領域であるといえるでしょう。下記は丸善CHIホールディングスの最近の売上推移ですが、図書館サポートだけが伸びていることがわかります。


丸善CHIホールディングス・セグメント別売上高(百万円)

 まとめましょう。図書館に強みを持つ丸善CHIグループや、紀伊國屋書店にとっては、電子書籍の局面打開の方策として次のようなことが考えられると思います。

  1. BtoCのネット(紙+電子)ストアは、ブランドだけ残してバックエンドは統合、経費を節約する
  2. 他方、自らが強みを持つニッチ市場(BtoBやBtoBtoC)、つまり法人市場や図書館市場では、既存顧客とのつながりを最大限に利用し、電子図書館サービスで、圧倒的な地位を築く
  3. BtoBtoCでデファクト的な地位を確保したことを生かして、再度BtoC市場でも反撃を試みる

 「大きな敵に対して、広い戦場で戦うのではなく、自分が強みを持つニッチな戦場で戦いを挑む」。これこそまさにランチェスター戦略です。

 ただし、システム的にはなかなか難しい課題もありそうです。いったんできてしまったID管理・認証や販売・配信のシステムを統合するのは、容易なことではありません。さらに、トップ同士で協業の方針は決まったものの、図書館の世界では、長い間、ライバル同士であったTRC、丸善、紀伊國屋。その間で、協業が本当にうまくいくのか、という疑念もないではありません。

 図書館については、そもそも「出版(本)の敵」である、という勢力が存在します。

  • 「本はタダではありません!/林真理子」
    「図書館の“錦の御旗”が出版社を潰す/石井昻」--「新潮45」2015年2月号 特集「『出版文化』こそ、国の根幹である」
  • 「シンポジウム採録 公共図書館はほんとうに本の敵?」--「文学界」2015年4月号 特集「『図書館』に異議あり!」

 本当に、図書館は出版の敵なのでしょうか? これについては、次回以降でじっくり取り上げてみたいと思います。

 あ、その前に、勝負弱さをなんとかしなくては! こちらのカタン攻略法を熟読して必勝を期します!



 【追加】本稿脱稿後に、次のようなニュースが飛び込んできました。

 書店は丸善、図書館はTRCが担うハイブリッド施設です。今年は「電子図書館」を含む「新型図書館元年」になるかもしれませんね。

林 智彦

朝日新聞社デジタル本部

1968年生まれ。1993年、朝日新聞社入社。
「週刊朝日」「論座」「朝日新書」編集部、書籍編集部などで記者・編集者として活動。この間、日本の出版社では初のウェブサイトの立ち上げや CD-ROMの製作などを経験する。

2009年からデジタル部門へ。2010年7月~2012年6月、電子書籍配信事業会社・ブックリスタ取締役。

現在は、ストリーミング型電子書籍「WEB新書」と、マイクロコンテンツ「朝日新聞デジタルSELECT」の編成・企画に携わる一方、日本電子出版協会(JEPA)、電子出版制作・流通協議会 (AEBS)などで講演活動を行う。

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