私がこのことを考えるきっかけとなったのは、先ほど紹介した「ゴースト≠ノイズ(リダクション)」でした。すでに述べたように、同書はKDPで上下巻として出版された同名作品に加筆し、商業作品(紙版、電子版)として再刊行したものです。
この本がなぜ、「自己出版作家の戦略」を考えるうえで重要なのか? それは、各バージョンの紹介ページを見るとわかります。自己出版版の紹介ページはすでに例示しましたので、他のバージョンを見てみましょう。
一見して感じるのは、次のようなことでしょうか。
東京創元社はこのとき、ちょっと面白い「しかけ」を試みています。
プロ電子版をプロ紙版(1月30日)より先行して発売開始(1月15日)し、さらに発売記念価格として、500円の値付けで提供したのです。
自己出版版とプロ版の価格差がかなり大きいことから、「自己出版版だけでいいかな」と読者に思わせることを懸念したのでしょうか?
自己出版からプロデビューした前出の2作品と、本作品の値付けを比べてみたのが、次の図です。
Gene Mapperと比べると、どうしても「お前たちの中に鬼がいる」と「ゴースト≠ノイズ」の価格の高さが目立ってしまいますが、プロ版を発行する出版社の立場から見ると、この値付けには合理性がないわけではありません。
最後がポイントです。一つの選択としては、「お前たちの」のように、自己出版版を「絶版」にする手が考えられます。自己出版版との競合はこれによって避けられますが、一つ、大きな問題があります。
影響はそれだけではありません。
という弊害もあります。 他方、自己出版版をそのまま売り続けた場合も、別の問題があります。さきほどの「自己出版版とプロ版が競合となり、食い合ってしまう」という点以外に、
という可能性がありそうです。下記は「ゴースト≠ノイズ(リダクション)」をGoogle(シークレットモード)で検索した時の、最上位の結果です。
値付け、バージョン(自己出版版、電子プロ版、紙プロ版)、SEO(検索エンジン最適化)など、一言で「プロデビュー」といっても、考えなければいけないことがたくさんあるんですね。
机上の議論ですが、おそらく現時点で、ベストなのは、以下のような戦略でしょう。
実はこうした戦略をすでに実施しているのが「Gene Mapper」の藤井太洋さんです。このような事態を予見していたかのかどうかはわかりませんが(たぶん、予見されていたのでしょう)、すごいとしかいいようがありません。
本稿で紹介した書籍の戦略をまとめると、次のようになります。
藤井さんの戦略のある部分は、よく考えると、自己出版だけでなく、商業出版にも応用できそうな気がします。
「いつでも、どこでも、だれでも、どこに対してでも」という電子出版の特性が、著者→出版社→読者の間の関係を流動的に変えつつあるこの時期、紙・電子を問わず、こうした新しいメディア環境を踏まえた適切なプロモーションの方法が求められているのかもしれません。
増え続ける自己出版は、実はこうした手法の実験には、最適な場所であるとも言えるのではないでしょうか?
1968年生まれ。1993年、朝日新聞社入社。 「週刊朝日」「論座」「朝日新書」編集部、書籍編集部などで記者・編集者として活動。この間、日本の出版社では初のウェブサイトの立ち上げやCD-ROMの製作などを経験する。
2009年からデジタル部門へ。2010年7月~2012年6月、電子書籍配信事業会社・ブックリスタ取締役。
現在は、ストリーミング型電子書籍「WEB新書」と、マイクロコンテンツ「朝日新聞デジタルSELECT」の編成・企画に携わる一方、日本電子出版協会(JEPA)、電子出版制作・流通協議会(AEBS)などで講演活動を行う。
英国立リーズ大学大学院修士課程修了(国際研究修士)、早稲田大学政治経済学部卒。
近著に「出版大復活」(仮題、朝日新書より2014年12月刊行予定)、監訳書に「文化の商人」(仮題、三和書籍より刊行予定)などがある。業界誌「出版ニュース」で「Digital Publishing」を隔月連載中。
Ruby技術者認定試験(Silver)合格。
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