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電子書籍ビジネスの真相

プロデビューしたら「自己出版本」はどうするべき?--実例から考察 - (page 2)

林 智彦(朝日新聞社デジタル本部)2014年09月09日 08時00分
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商業作品になったら、急に値段が上がった……

 私がこのことを考えるきっかけとなったのは、先ほど紹介した「ゴースト≠ノイズ(リダクション)」でした。すでに述べたように、同書はKDPで上下巻として出版された同名作品に加筆し、商業作品(紙版、電子版)として再刊行したものです。

 この本がなぜ、「自己出版作家の戦略」を考えるうえで重要なのか? それは、各バージョンの紹介ページを見るとわかります。自己出版版の紹介ページはすでに例示しましたので、他のバージョンを見てみましょう。


こちらは商業作品(以下、プロ版と呼びます)(紙版)のページ

そしてこちらはプロ版(電子版)のページ

 一見して感じるのは、次のようなことでしょうか。

  • 自己出版版とプロ電子版の価格の差が、かなり大きい。
  • プロ電子版とプロ紙版の差は、小さい。

 東京創元社はこのとき、ちょっと面白い「しかけ」を試みています。

 

 プロ電子版をプロ紙版(1月30日)より先行して発売開始(1月15日)し、さらに発売記念価格として、500円の値付けで提供したのです。

 自己出版版とプロ版の価格差がかなり大きいことから、「自己出版版だけでいいかな」と読者に思わせることを懸念したのでしょうか?

 自己出版からプロデビューした前出の2作品と、本作品の値付けを比べてみたのが、次の図です。


3つのバージョンの価格戦略

 Gene Mapperと比べると、どうしても「お前たちの中に鬼がいる」と「ゴースト≠ノイズ」の価格の高さが目立ってしまいますが、プロ版を発行する出版社の立場から見ると、この値付けには合理性がないわけではありません。

  • 主婦の友社、東京創元社とも、有力な文庫版シリーズをもっていない。その結果、単行本として刊行する必要がある(「Gene Mapper -full build-」は早川文庫という有力文庫シリーズだからこそ付けられた値段)
  • 単行本で出す場合、どうしても1000~2000円以上の値付けになる。それをもとにしたプロ電子版も、単行本の売り上げが減少する危険を避ける(実際に減るかどうかは別として)ためには、それに準じた値付けをせざるを得ない
  • 他方、既存の自己出版版をどう扱うかは非常に悩ましい。プロ版から見ると、競合になるから

 最後がポイントです。一つの選択としては、「お前たちの」のように、自己出版版を「絶版」にする手が考えられます。自己出版版との競合はこれによって避けられますが、一つ、大きな問題があります。

  • Amazonの紹介ページは、絶版にすると消えてしまう
  • そのため、そのURLにリンクして書かれた、自己出版版についてのレビューやブログの紹介文はデッドリンクになる(無駄になる)

 影響はそれだけではありません。

  • 検索エンジン上で「書名」を検索すると、そうしたデッドリンクになったブログなどが、いつまでも上位に表示され続け、プロ版の書籍のページが見つけにくくなる

 という弊害もあります。 他方、自己出版版をそのまま売り続けた場合も、別の問題があります。さきほどの「自己出版版とプロ版が競合となり、食い合ってしまう」という点以外に、

  • 検索エンジンの結果上で自己出版版、電子書籍版が混在して表示されてしまい、読者が混乱する

 という可能性がありそうです。下記は「ゴースト≠ノイズ(リダクション)」をGoogle(シークレットモード)で検索した時の、最上位の結果です。


Google検索の結果

 値付け、バージョン(自己出版版、電子プロ版、紙プロ版)、SEO(検索エンジン最適化)など、一言で「プロデビュー」といっても、考えなければいけないことがたくさんあるんですね。

 机上の議論ですが、おそらく現時点で、ベストなのは、以下のような戦略でしょう。

  • 自己出版版の刊行前に、ランディングページ(検索ユーザーを迎えるためのサイト)を、できれば作品名=ドメイン名で立ち上げておく(エージング=古いものほど評価する検索エンジンのロジックにより、その後にどんなバージョンが現れても、このサイトが検索のトップに表示される)
  • このランディングページで、すべてのバージョンについて説明し、リンクを貼る。これにより、読者の混乱が避けられる
  • 自己出版版は絶版にせず、改題する。これにより、既存のレビュー、既存のブログなどからのリンクが生きる
  • 自己出版版と、プロ電子版の価格はなるべく近づける(価格調整の幅を持たせるため、自己出版版の「正価」は少し高めにしておいて、ふだんは「割引価格」で販売する。「正価」に戻すことで実質値上げが可能)
  • 自己出版版と、プロ版の内容は、加筆などをしてなるべく「別のコンテンツ」にする。これにより、多少の価格アップは許容してもらえる

 実はこうした戦略をすでに実施しているのが「Gene Mapper」の藤井太洋さんです。このような事態を予見していたかのかどうかはわかりませんが(たぶん、予見されていたのでしょう)、すごいとしかいいようがありません。

 本稿で紹介した書籍の戦略をまとめると、次のようになります。


セルフパブリッシャーたちの選択

 藤井さんの戦略のある部分は、よく考えると、自己出版だけでなく、商業出版にも応用できそうな気がします。

 「いつでも、どこでも、だれでも、どこに対してでも」という電子出版の特性が、著者→出版社→読者の間の関係を流動的に変えつつあるこの時期、紙・電子を問わず、こうした新しいメディア環境を踏まえた適切なプロモーションの方法が求められているのかもしれません。

 増え続ける自己出版は、実はこうした手法の実験には、最適な場所であるとも言えるのではないでしょうか?

林 智彦(はやし ともひこ)

朝日新聞社デジタル本部

1968年生まれ。1993年、朝日新聞社入社。 「週刊朝日」「論座」「朝日新書」編集部、書籍編集部などで記者・編集者として活動。この間、日本の出版社では初のウェブサイトの立ち上げやCD-ROMの製作などを経験する。

2009年からデジタル部門へ。2010年7月~2012年6月、電子書籍配信事業会社・ブックリスタ取締役。

現在は、ストリーミング型電子書籍「WEB新書」と、マイクロコンテンツ「朝日新聞デジタルSELECT」の編成・企画に携わる一方、日本電子出版協会(JEPA)、電子出版制作・流通協議会(AEBS)などで講演活動を行う。

英国立リーズ大学大学院修士課程修了(国際研究修士)、早稲田大学政治経済学部卒。

近著に「出版大復活」(仮題、朝日新書より2014年12月刊行予定)、監訳書に「文化の商人」(仮題、三和書籍より刊行予定)などがある。業界誌「出版ニュース」で「Digital Publishing」を隔月連載中。

Ruby技術者認定試験(Silver)合格。

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