著作物ではない情報(2)~アイディア、短いフレーズ、洋服や自動車も著作物?

福井健策(弁護士・日本大学芸術学部 客員教授)2014年05月23日 11時00分

 「アイディアを盗まれた」「企画案をパクられた」。朝から全然さわやかじゃない書き出しですが、実際にこの仕事をしていると多い相談です。という訳で「著作権入門」第3回は、アイディアや企画案の話から。

著作物にあたらない情報(3):アイディア・着想

 前回、著作物(創作的な表現)から除かれる情報として、「ありふれた・定石的な表現」と「事実・データ」を挙げました。これはきっと常識でわかる話ですね。では、「アイディア」はどうでしょうか。実は著作物として守られるのは表現としてある程度形をとったレベルですから、その根底に横たわるアイディアは守られません。

 たとえば、作品の着想や企画案ですね。「猫の1人称で小説を書く」なんて、天才的なアイディアです。仮に、あれを最初に着想したのは夏目漱石だったとしましょう。彼はそのアイディアを当時仲の良かった正岡子規に話したとする。そこで、なんと子規が漱石より先に猫の1人称で小説を書いてしまったらどうでしょうか。

 ……まずいですね。ふたりの友情はそれで終わりでしょう。しかし、少なくとも著作権的にはOKです。違法ではありません。そしてこれは、漱石の「吾輩は猫である」が発表された後に、誰かが猫の1人称という設定を借りて全然別なストーリーで小説を書く場合にも言えます。もちろん、具体的なストーリーなどを似せてはダメです。つまり、「アイディア」は似ても良いけれど具体的な「表現」が似てはいけない。

 なぜそんなルールなのでしょうか。アイディアは無断で借りられてもたいして損害がないから? そんなことはありませんね。良い企画案には、凡百の作品よりはるかに価値があります。腹が立たないから? いえいえ、そういう人格者も多いでしょうが、筆者などは自分の着想を誰かに無断で借りられ、まるでその人の手柄のように発表でもされたら、きっとすごく腹が立ちます。

 ではどうして、アイディアの無断借用はOKというルールなのでしょうか? ここでいうアイディアには作品やものの作り方、つまり「技法」「方法論」も含まれます。たとえば、絵の描き方で「空気遠近法」という技法があります。遠くにあるものは単に小さく見えるだけではなく、空気の影響でかすんで見える、という効果を利用して遠近感を表現するやり方です。この技法を大成させたひとりにレオナルド・ダ・ヴィンチがおり、この方法での彼の代表作が……そう「モナリザ」ですね。今は全体がぼやけ気味ですからわからないかもしれませんが、当時は人物がはっきりと、遠くの風景がぼんやりと描かれていたそうです(図)。


図:モナリザ(左)、プラド美術館の再現した当時のモナリザの姿(右)

 もしも、この空気遠近法というアイディアが著作物だとしたら、つまり誰も空気遠近法で絵を描けないのです。たとえ頭の中に傑作があっても、レオナルドやその遺族の許可がないと何十年もその絵は描けない。それが、アイディアを著作物として独占させない理由です。

 良い着想なら誰かに独占させる代わりに共有させ、そのアイディアで素晴らしい作品が誕生することに期待しよう。その代わり、生まれた具体的な作品を真似ることは禁止しよう。これが今の著作権のバランスラインです。そして、ほとんど世界中の著作権法がこの同じバランスラインを採用しています。ですから、ネット上の料理レシピなどは、誰かが真似てその料理をお店で出しても著作権侵害ではありません。

 もちろん、例によって境目は曖昧です。果たして既存の作品からアイディアだけを拝借したからOKなのか。それとも、具体的な表現が似ているからアウトなのか。それは無論、程度問題です。この点は先の回で作品を見ながら、掘り下げてみましょう。

著作物にあたらない情報(4):題名・名称

 さて、著作物にあたらない情報の第四は、「題名・名称」です。つまり作品のタイトルやキャラクターの名前です。たとえば、波平。いま「波平」と読んだ時、読者の皆さんの頭上にはある同一の人物の顔が浮かんだと思うのです。全員が同じ人物を思い浮かべるということは、かなり特徴的な名前ですね。にもかかわらず、これはわずか2文字の言葉に過ぎません。波・平です。

 もしも「波平」が著作物だということになると、著作権というのはとても強い権利ですから、ほぼ公には使えなくなります。たとえば、「社会学の先生の頭部がほぼ波平」とかTwitterで書けなくなります。まぁ書かない方がいいですけれど。しかも、著作権というのは似た言葉も禁止されますから、波平と似たほかの名前も使えなくなるかもしれません。「ナミヘー」とか「波兵衛」とかも駄目かもしれません。

 その調子では世の中の名前が全部予約済みになって、使える名前がなくなってしまいますね。ですからそういう風には考えません。ありていに言えば、タイトルや名称は通常、短すぎるから著作物にはあたらないのです。

 逆にいえば、すごく長いタイトルなどは別です。スタンリー・キューブリック監督の名作映画「博士の異常な愛情」は、正式名称は「博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか」です。このくらい長いともう短歌を超えていますし、内容も十分独創的ですから著作物かもしれませんね。しかし、通常のタイトルや名称は、まず著作物ではありません。ですから我々はソーシャルメディアや小説で、「サザエさん」や「ミッキーマウス」といった固有名詞を登場させることは基本的にできるのです。

 この関連で、短いフレーズの扱いがよく問題になります。俳句は、十分独創的なものならば著作物でしょう。世界で最も短い言語の著作物の形式かもしれませんね。では交通標語はどうか。やはり5・7・5です。俳句が著作物なら標語も著作物な気がする。実際、著作物にあたるものもあるでしょうが、何でもあたる訳ではありません。

 たとえば「手を挙げて横断歩道を渡りましょう」という有名な標語がありますね。著作物でしょうか。たぶん違います。もしもこれが著作物だということになると、基本的に公に使えなくなって、とても不便です。「手を挙げて横断歩道を渡りましょう」と言わずして、どうやって「手を挙げて横断歩道を渡ろう」というメッセージを伝えるのか。ジェスチャーか。気づいてもらえないかもしれない。では、倒置法にするか。「渡ろうよ 横断歩道を手を挙げて」。……あまりいい標語じゃありませんね。先に「渡ろうよ」と言ってます。子どもはもうここで行っちゃいますから、その後で「手を挙げて」では遅いですね。

 つまり、「手を挙げて横断歩道を渡りましょう」が一番良いのです。そしてこういう最適表現、いわばひとつのメッセージを表すのにせいぜい数通りの言い回ししかないような表現を、著作物として独占させては危ないのです。その「メッセージ=アイディア」の、独占につながるからです。この点は、映画の名セリフとか好きな歌の一節とか、そういう短いフレーズをどれだけ使って良いかといった場面でよく問題になります。

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