伊藤氏は、データジャーナリズムという言葉の定義についても語った。データジャーナリストとはコンピュータを上手く扱う人であり、米国では実際にソフトウェアやグラフィックツールも巧みに扱うといった、これまでとは異なる訓練を受けた人たちが記者になっているという。
ジャーナリストの数は減る一方で、データジャーナリストの数は増え、ProPublicaのような民間のジャーナリズムウェブサイトも登場していると紹介した。米国の医療問題をデータジャーナリズムの手法で取り上げているが、クリックすると記事に利用した生データが見られるようになっていることから、信憑性が高いと評価されている。こうした利用価値のあるデータは広く公開されているが、情報の存在を知っているかはもとより、タイムラグさえも個人の利益に影響しはじめており、その使われ方にも目を向けるべきだと述べた。
情報を視覚化する手法をビジュアライゼーションと言い、さまざまな試みが始まっていることも紹介された。その一つ、雪崩をテーマにした「Snow Fall」というニューヨーク・タイムズの記事は、同社の日本人初の取締役でもある伊藤氏のMITメディアラボが制作に関わり、美しいビジュアルで雪崩への関心を高め、事故防止につながったとして、ピュリッツアー賞を受賞している。
このように報道記者とデータ分析の専門家がタッグを組んで記事を作る機会が増えている。一部の数字に強い記者が記事を発表しているが、まだそうした例は稀で、ジャーナリスト志望者にデータビジュアライゼーションのスキルを教育する動きも始まっている。数は少ないが、Google Grassを使ったグラスジャーナリズムの授業が9月から南カリフォルニア大学で開講するほか、オンラインによる無料のデータジャーナリズムの授業などが存在する。
さらに伊藤氏から、これからのニュースは発信形態としてどのような傾向が見られるかが紹介された。一つはアプリで、モバイル向けの配信に対する重要性が高まっているという。後で紹介するが、ニューヨーク・タイムズでも専用アプリ(iOS版、Android版)を配布している。また、伝統的なマスコミは、記者に記事がどれだけ読まれたかを教えないなど、ビジネスと編集は分けて考えているが、ハフィントン・ポストのような中間的なスタンスのメディアも登場し、記者に数字を気にさせるべきかが議論になっているという。
ビッグデータ分析も注目されており、MITメディアラボでは「ソーシャルフィジックス(社会物理学)」という新しい言葉を使って研究を始めている。たとえば、携帯電話の位置情報とSNSへの発信内容でエイズか糖尿病かがわかるという驚くべき分析も可能になるという。着目されているのは関係性で、個人情報を匿名にしても、全く伏せても、また10分ごとに端末を変えても、周囲のデータを分析すればプライバシーが判明する可能性がある。医療関係ではそうしたデータを未病対策に使えるなどのメリットがあるが、保険販売などで悪用される可能性があり、両面からデータの扱いを考える必要があるとあらためて警鐘を鳴らした。
データやジャーナリズムがもたらす今後の流れとして、伊藤氏は世の中が間接民主主義からインタラクティブな参加型民主主義へと変わりつつあるという。具体的には、これまでは不正のある病院を追い込みたい場合は、マスコミがキャンペーンを行うなどの方法をとってきたが、今の若い人たちはそうした間接的な手法より、ネットを使って直接行動につなげたいことから、マスコミとのかい離がはじまっているというような現象で、たとえば、ハイチ大地震ではマスコミを通じて寄付が集められる一方で、ウシャヒディ(Ushahidi)というNPO団体が現地の救助活動を支援するシステムを公開しており、サイトを通じて日本からもオンラインで支援が行われた例もある。
伊藤氏が東日本大震災の直後に立ち上げた、地域住民やボランティアが計測した放射線量データをオンラインにマッピングするSafecastの活動は、スタッフがより正確な計測方法や独自の計測器(ガイガーカウンター)を開発する過程で多くの専門知識を得たことから、2014年になってようやく活動が認められるようになったという。
現在、1800万箇所以上の計測データが公開されており、未だに非公開な国のデータよりも信頼されるようになり、継続して観測を行うNPOへと発展しようとしている。今は一般市民も専門知識をネットで学べるようになり、データジャーナリズムの手法でインパクトのある発信もできるようになってきた。それこそが大きな意義であり、民主主義の未来を変えるという視点からも、データジャーナリズムの意義を考えるべきであると話を締めくくった。
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