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目指すはドリームキャストの夢の続きとマニアの理想郷--セガ竹崎氏に聞く「it-tells」

佐藤和也 (編集部)2014年03月28日 10時00分
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 セガが運営するコミュニティサービス「it-tells」(いってる)。同社のIDサービス「SEGA ID」を活用し、セガのゲームをはじめとして、さまざまな事柄に関してユーザー同士が語り合えるコミュニティサービスとなっている。オープンな語らいの場としていることから、SEGA IDを登録していないユーザーでもページの閲覧そのものは可能。PCやスマートフォンから利用することができる。

  • 「it-tells」内「ファンタシースターオンライン2」コミュニティ

 it-tellsは、エンターテインメントコンテンツを提供する側と享受する側が語りあえる場所にもなりえるようなネットワーク上の広聴と共創の空間を提供したいという考えから企画された。そして、かつてセガが1998年から販売していた家庭用ゲーム機「ドリームキャスト」の思想も継承しているという。

 当初2013年12月よりサービスを開始する予定だったが、ローンチした直後にアクセスの集中などによる動作の重さから、サービスを延期。2月から参加人数を限定したクローズドベータテストとして再始動し、現在はテスト参加者を募集中だ。詳細はit-tells内「クローズドβテストについて」に記載されている。

 it-tellsの起案者であり、プロジェクトを統括するのは社長室 プロジェクト推進部 部長の竹崎忠氏。現在は新規事業や社内を横断するプロジェクトなどに携わっているが、かつてメガドライブ、セガサターン、ドリームキャストといった家庭用ハードを展開していたころはプロモーション担当としてゲーム系メディアに多数登場。国内で発売されたメガドライブのソフトを全て個人所有しているほどの熱心なファンとして、セガファンのみならずゲームファンからもよく知られている人物である。

 そんな竹崎氏に、it-tellsを立ち上げた理由や狙い、さらにドリームキャストを展開していた当時のことについて聞いた。

竹崎忠氏
竹崎忠氏

竹崎氏が振り返るドリームキャストと家庭用ハードからの撤退

--竹崎さんといえば家庭用ハードを展開していたころ、積極的に表に立ってユーザーとの橋渡し役をしていた印象があります。

 もともとメガドライブが好きで、メガドライブを世に広めたくてセガに入ったのですが、当時のセガはまだ商品広報の部署も確立されていなくて、最初は担当が僕ひとりだけでした。僕自身も、実は仕事として商品広報に関わるのは初めてでしたし、セガ社内でも目標は有力ゲーム雑誌に掲載されることという温度感で、情報公開のコントロールもできていなかった状態です。そこから試行錯誤を繰り返し、環境を整備しつつ広報体制を確立していきました。

--家庭用ゲーム機はおもちゃの延長線上みたいな見られ方をしていましたが、次第にハードの発売日には一般メディアが注目するほどになりました。

 当時、ドリームキャスト発売の記事が全国紙の新聞の一面に掲載されたことがありました。これは、僕がセガに入る前からの目標だったのですが、あの時代のメガドライブのユーザーからしてみたら新聞の一面にセガハードが載るなんて夢のような話でしたし、一生かけてもできないんじゃないかと思っていたことが実現して嬉しかったですね。

--ただ、ドリームキャストをもって家庭用ハードのビジネスから撤退しました。

 ドリームキャストはまだ最高通信速度が33.6Kbpsだったナローバンドの時代に「世界中のすべての人に、安価でネットワークにつながる環境を提供し、新しい時代を切り拓く」という大川さん(当時のセガの代表取締役会長兼社長であった故・大川功氏)のビジョンを反映したハードでした。ですが、時代が早すぎたマシンでビジネスとしての収支バランスが取れず、会社が傾くほどの赤字になり、その結果家庭用ハード事業から撤退することになりました。

 時代的に家庭用ゲーム機のビジネスというのが難しくなっていくであろう予感もありました。ネットで扱える情報量が増えていって、サーバー側で処理してゲームができる可能性は、そのころから見え始めていましたから、ゆくゆくはテレビに付ける機械にこだわる時代ではなくなるであろうと。さらに、セガの場合、最先端の高い部品をすべて外部から調達して、それを組み立ててハードにしていたので、コスト的にも競合他社に比べて不利な状態でした。製造コストは上がっていくのに、ゲーム機の販売価格そのものは安くしなければならない流れでしたから。

--家庭用ハードから撤退を発表したとき、たしかファン向けのメッセージを当時の公式サイトに掲載していたかと思います。

 「SEGAを応援してくださるみなさんへ」と題したメッセージを書かせていただいたんです。セガのファンの方は“セガのゲームは世界一”と思ってくれるほど熱心ですし、セガのハードが覇権を取ると信じて応援してくださった方も多かったので、ファンの気持ちを少しでもフォローしたいと進言して承認してもらいました。僕自身がセガハードのファンから入っただけに、自ら撤退について書くことには自問自答が続きましたけど、自分の気持ちの整理も含め、大切なファンのみなさんにちゃんと説明させていただけたことはありがたかったと今でも思っています。

--竹崎さんから見て、その後のセガはどのように映っていましたか。

 ハードから撤退して他社ハードにいろんなソフトを展開しましたけど、最初はどうしても移植ものが多く、思うように販売数も伸びない状態になっていきました。いつも新しいものにチャレンジするのがセガだったはずなのに、再生産を繰り返しているように見えてしまったのは、企業イメージとしてもファンとしても残念な部分もあっただろうし、内部にいた僕らから見ても寂しさを感じることが多かったです。

 当時のトップが「ハードが無くてもドリームキャストの思想は実現できます」と説得して、大川さんはその言葉を信じてハード撤退を決めたんですね。だとしたら、セガは改めてネットワークにチャレンジしなきゃだめでしょうという気持ちが僕の中では強く残っていたんです。とはいえ、この状況をなんとかしなければと思いながらも、結局十数年が経過してしまいました。

 少し前にSNSをベースにしたゲームを展開して成功したMobageやGREEがやっていたようなことは、ドリームキャストの続きとしてセガがやるべきだったのかもしれないと感じたこともあります。

--ネットコミュニケーションのSNSをプラットフォームに、ゲームを展開するソーシャルゲームという発想そのものは、ゲームのスペックには差がありますが、ドリームキャストがやろうとしていたイメージとかぶるような気がします。

 今から振り返って、フィーチャーフォン時代のビジネスとして見ればあれが正しかったし時流にも乗っていたと思います。でも、セガってあんなに割り切ったゲームを作る会社ではないですし、できないです。それがいいところでもあるし悪いところでもある、セガらしいところですね。最近になってスマートフォンが主流になり、ハードスペックが上がってようやくセガに見合った環境が整ってきたなと感じています。ここからですね。

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