オフィスのど真ん中に置かれた土俵の中でPCに向かって作業する社員たち――思わず目を疑ってしまう光景だが、ここはサイバーエージェントグループでネット広告事業を手がけるマイクロアドのオフィスだ。同社は1月、東京の渋谷オフィスの2階に、実際に相撲場で使われているものと同サイズの土俵を設けた。オフィス内に土俵を設けた日本企業の前例はないという。
ただし、社員同士で相撲をとらせるために土俵を作ったわけではない。新規事業を任された責任者だけが土俵入りを許され、この中に机を置いて日々の業務をこなすことで、緊張感やモチベーションを高める狙いがある。事業の売上に応じて責任者を「横綱」「関脇」などに格付けする番付制度も取り入れ、成績が良ければ昇格し、逆に目標が達成できなければ、降格することもあるというから気は抜けない。
「マイクロアドでは今後、新規事業を増やしていきたいという思いがあり、その方針を視覚的に分かりやすくしたかった。また、各プロジェクトを木札を使って格付けすることで、どのポジションにいるのかを社内で明確にできる仕組みも取り入れたかった。この2つを総合していくと土俵に行き着いた」――マイクロアド代表取締役社長 CEOの渡辺健太郎氏は、土俵を設けた狙いをこのように語る。
企業として成長する一方で、組織やサービスが複雑化し経営管理体制の見直しが必要となったマイクロアドは、2013年10月に社内を大きく既存事業(コア)と新規事業(セル)の2つに分けた。この際に、新規事業の発案や推進の責任者として全社員の中から選ばれたメンバーが今回土俵入りした5人だ。土俵には、各責任者がお互いに切磋琢磨できる場にしたい、また各事業の進捗を“見える化”することで社員が目的意識を共有できる場にしたいという思いが込められているという。
2013年の年末から工事に取りかかり、3週間ほどで土俵が完成。お披露目の1月17日まで社員には土俵の存在が明かされていなかったため、除幕式の際には社内でどよめきが起きたと渡辺氏は振り返る。「私も完成まで見ないようにしてたので、正直実物を見て少し怯んだ(笑)」(渡辺氏)。
ただ、当初は戸惑っていた社員たちも約1カ月が経ち、土俵のある風景には慣れたようだ。実際に土俵の中で働く選抜メンバーの1人に選ばれたブランドコミュニケーション事業部 事業責任者の石黒武士氏は、「最初は冗談かと思った」と心境を明かしながらも「他の社員より目線が高く、周りからも常に見られてるため強い責任を感じるようになった」と、業務の生産性が上がったことを実感しているそうだ。
土俵はかなり思い切った取り組みだが、実はマイクロアドではこうした組織や事業の“見える化”を積極的に進めている。たとえば、オフィスの各所に設けられたモニタでは日々の売上を約160人の全社員が見られるようにしている。
また、既存事業と新規事業を分けた2013年10月のタイミングで、事業会議のスタイルも大きく刷新した。会議の参加者が議論の内容や決定事項を随時書き込み、その様子をイントラネットからアクセスしたすべての社員のPCで閲覧できるシステムを開発したのだ。社員は進行中の会議の内容に対して、意見や要望があれば匿名でコメントを投稿して割り込むことができ(通称「つぶやき」)、それらの意見は会議ですぐに反映される。中には「がんばれ!」といったゆるいコメントも飛び交っている。分かりやすく言うとLINEのグループトークのようなイメージだ。
「会議のプロセスを公開することで、社員の納得感や意思統一のスピードは圧倒的に早まる。重要なことは決断の早さよりも社内に浸透するまでの時間。最後のリードタイムをどれだけ短縮できるかが本当の意味での経営スピードの向上だと思っている。いかにプロセスをオープン化して、かつ社員が自らアクセスしたくなる仕掛けを用意できるかが大切」(渡辺氏)。現在は、既存事業と新規事業の会議を隔週で実施しており、回を追うごとに社員によるコメントが増えるなど、その効果も見え始めているという。
社内のさまざまな意思決定のフローや数字を大胆に可視化していくことは容易ではないが、同社では今後も組織内の“透明度”を高めることで、成長スピードを早めていきたい考えだ。今回の土俵の設置によって、新規事業チームがどのようなサービスや価値を生み出すのか注目したい。
CNET Japanの記事を毎朝メールでまとめ読み(無料)
「程よく明るい」照明がオフィスにもたらす
業務生産性の向上への意外な効果
ZDNET×マイクロソフトが贈る特別企画
今、必要な戦略的セキュリティとガバナンス
ものづくりの革新と社会課題の解決
ニコンが描く「人と機械が共創する社会」