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電子書籍ビジネスの真相

スマホ文学は8ビットの夢を見るか--書評『お前たちの中に鬼がいる』 - (page 3)

林 智彦(朝日新聞社デジタル本部)2014年01月04日 10時54分
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レトロゲームのリアリティ

 著者の梅原涼さんは、現在28歳。神奈川県のある町で、金融機関職員として働いている。

 高校生のころからの作家志望で、『お前たち』は、6つめの作品だという。

 2005年、大学一年生のころに1年半ほどかけて書き上げ、「日本ホラー小説大賞」に応募したが落選、そのまま寝かせておいた作品だった。

 それが日の目を見ることになったのは、Kindle Storeのオープンがきっかけだった。

「もともと月に50冊くらい買ってしまうこともあるほど、Amazonを愛用してました。ある日、AmazonのサイトでKindle Paperwhiteを衝動買い。届いたPaperwhiteをいじってるうちにKDPのことを知って、そういえば、眠らせている原稿があったな、と」

 保存してあった『お前たち』のWordファイルを引っ張りだし、手元にあったモンティセリの絵画を、Windows付属の「ペイント」で加工して、表紙にした。本文と表紙をまとめて、KDPへアップロード。思い立ってから「入稿」まで、5時間もかからなかった、という。

 「Amazonのシステムは本当によくできていて、何の予備知識もない僕でも、まったく迷うことなく出版ができました。横書きのWordでも、スイッチひとつで縦書きになります」


 アップロードした翌日(12月17日)には販売が開始され、そこからしばらくは、2、3日に1冊売れる程度だったが、2013年2月、最初のユーザーレビューがついて以降は、売り上げも急上昇、5月に自己出版本専門のレビューサイト「きんどる速報」に紹介記事が出てからは、月50冊以上になったという。最終的な販売数は、5000部を超えた。

 『Gene Mapper』の藤井氏の場合は、執筆開始直後から作品サイトを立ち上げ、Twitterを通して執筆の過程をリアルタイムで報告するなどして、作品刊行前から、ファンベースを築いていた。

 これはアメリカの出版界で、セルフパブリッシャーに対して推奨されている標準的なプロモーション方法そのものだ。

 これに対して梅原さんは、SNSは使っておらず、特に自分からプロモーションはしていないという。宣伝ゼロで、5000部。価格が安い、ということはあるにせよ、著名な文学賞を取った作品でも、売り上げ数千部を下回ることもめずらしくないという昨今の文芸事情からすれば、驚異的な数字だろう。

 先述のように、本作品の前に5作、本作品の後にも3つの小説を書き続けているが、ミステリー、伝奇もの、青春小説などジャンルもスタイルもバラバラで、「脱出もの」を専門としているわけではない。

 それでは本作の、この独特なスタイルは、どんな意図で選択されたのだろうか?

 「実はこの作品は、『レトロゲーム』がモチーフなんです。1970年代から80年代の(テレビ)ゲームって、使えるメモリが限られていた分、ルールやデータを、絞り込んで作られていた。しかしそのおかげで、限られたルールやデータの中で、無限の可能性が生まれるような作り方がされていたと思うんです。その世界を小説で再現してみたかった」

 梅原さんとゲームとの出合いは、5歳のころから。兄の買い集めたゲームが、自宅に多数転がっていたため、自然とそれで遊ぶようになったというが、最も熱心にプレイしたのが、ゲームセンターのアーケードゲーム。その熱は浪人時代まで続き、一時は、ゲームセンターに連泊するほどにハマりこんだ。「梅原涼」というペンネームも、世界的に著名なプロゲーマー、梅原大吾さんから拝借したものだ。

 それほど入れ込んでいた梅原さんだが、ある時期から、新しいゲームにあまり興味を持てなくなったという。

 「今のゲームは、画面にしても設定にしても、覚えるべきことや情報量が多すぎて疲れてしまう。ストーリーに関係ない設定とか、世界観が重厚に作り込まれていて、それを楽しむ、というふうに画面外の要素も重要になっている。そういうゲームのあり方もありだとは思うんですが、個人的には、移動は四方向だけ、あとはミサイルを撃つことしかできないのに、ゲームの展開には無限のパターンがあるとか、単純なルールから複雑な展開が生まれる昔のゲームの方が、プレイヤーの想像力をかき立てるようで、好きなんです」

 そんなレトロゲームの感覚を生かした小説――それが、『お前たち』なのだという。

 「いくつかの少数のルールがあって、そこから物語が展開する。最近のゲームとは逆で、情報量の不足が、キーワードになっている。例えば、森へ出ると『リセット』が起こる、というルールは、昔のゲームによくあった、キャラクターが画面の端を出ると反対側にまた戻ってくる、あのメモリが限られた感じを出したかったんです

 登場人物の描写が、極端に少ないのも、意図してのものだという。

 「描写はむしろ改稿の度にそぎ落として、情報量をなるべく少なくするように努めました。初期のビデオゲームのように、線だけでグラフィックがなりったっているような、そんな感じが表現したくて。季節感も、なるべく出さないようにしています」

 視点が一人称で、主人公の目にしたものだけに限られているのは、「ミステリーハウス」「ポートピア連続殺人事件」「ウィーザードリィ」といった、パソコン黎明期に流行したアドベンチャーゲームやRPGを意識したものだという。

 「作中のアパートの3階に、ゲーム機が登場しますが、あれは任天堂のゲーム&ウォッチを大きくしたような、単一機能のゲーム機を想定してるんです」

 物語の終盤、これらのゲーム機は、大きな役割を果たすことになる。ゲーム機の与える指令を実行することで、登場人物たちは、現実に戻る鍵を手に入れることになるのだ。

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