logo

人を驚かせる発想と究極のユーザー視点--「ドラゴンクエスト」堀井雄二氏のゲームの作り方

佐藤和也 (編集部)2013年10月02日 14時17分
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

 9月27日、サイバーエージェント・ベンチャーズにて「エンタテインメントの未来を考える会 黒川塾(十弐)」と題したトークセッションが行われた。コラムニストの黒川文雄氏が主宰、エンターテインメントの原点を見つめなおし、ポジティブに未来を考える会となっている。

 今回のテーマは「堀井雄二に訊く ~人生はロールプレイング~」。「ドラゴンクエスト」シリーズなどのゲームデザイナーとして知られる堀井雄二氏を迎え、堀井氏がゲーム開発に関わる経緯やドラゴンクエストシリーズの秘話、そしてゲームデザイナーとして心がけていることなどが語られた。当日は黒川氏のほかに、ゲームチューニングを専門に手がける猿楽庁の長官(代表)である橋本徹氏と、コメディアンの今立進氏(エレキコミック)も聞き手として加わった。

左から黒川文雄氏、猿楽庁長官の橋本徹氏、堀井雄二氏、エレキコミックの今立進氏
左から黒川文雄氏、猿楽庁長官の橋本徹氏、堀井雄二氏、エレキコミックの今立進氏

漫画家志望からライターへの転身。そして“人を驚かせることが好きだった”

 まずはじめは、堀井氏がゲームデザイナーになるまでの経緯について。もともと堀井氏は漫画家志望で、さまざまな漫画を読んだり描いたりしていたという。なかでも特に印象に残っているものとして手塚治虫氏の「ふしぎな少年」を挙げ、SFでも日常のなかで不思議なことが起こるという世界を描いた作品が好きだったと振り返る。高校生のころには永井豪氏に運よく漫画を持ち込むことができ、直接見てもらったこともあったとのこと。ただ、そのときはあまりいい反応が得られなかったという。

 それでも堀井氏は漫画家を目指す。しかし働きながら漫画家を目指すのは厳しく、学生であれば余裕もできると考え大学進学を決意。漫画家なら文学部と考え、さらに数学が得意だったという堀井氏は、数学で文学部が受験できる早稲田大学を受験し合格。大学では漫画研究会に所属する。

 漫画研究会ではつげ義春氏の作品などが掲載されていた雑誌「ガロ」に影響を受けたり、マージャンにはまったなどのエピソードを語りつつ、編集者として出版社などに勤める先輩からの依頼で、原稿を書くライターの仕事が増えていったという。

 その後「月刊OUT」、「月刊セブンティーン」、「週刊少年ジャンプ」などで記事を書くライター業が中心となる堀井氏。当時はまだ「マイコン」と呼ばれていたPCに興味を持つようになる。もともとSF好きで“すごいもの”に関心を持つ堀井氏は、ある新聞記事の特集を見て興味を持ち、当時10万円程度のPC-6001というマイコンを購入。BASICのプログラミングを勉強し、画面で動かすことの面白さにはまっていったという。

 初期に作っていたのは砲台を動かし敵を撃つゲームや占いのプログラム。特に占いプログラムについては本当に占うわけではなく、あくまで入力した文章が表示されるというもの。堀井氏はあらかじめ遊びに来る友人を調べておき、その人のことを想定して入力。当然占いの結果は当たっているわけであり、何も知らない友人が驚く様子を見て楽しんでいたという。自ら「いたずら好き」という堀井氏がよくわかるエピソードであり、この先にも語られるエンターテイメントとして“人を驚かせる”ことの発想が存分に発揮された逸話とも感じられる。

 堀井氏は、当時のPCゲームもかなり遊んでいたという。そしてBASICでプログラムが組まれていることが多く、プロテクトもかかってなかったとのこと。そこでプログラムを書き換えて改造し、たとえばお金を増やしたり敵を強くしたりと、さまざまな遊び方を工夫して楽しんでいたという。これは俗に“チート”と呼ばれる行為に近いのだが、堀井氏はさらにプログラムに関する知識や理解を深めていくことになった。

 それだけではなく、ゲーム作りにも生かされているところがあると明かす。たとえば「ドラゴンクエストII」において、薬草を買うと福引券がもらえ、それを売るとわずかに利益が出るという仕組みがあるが、これはわざと残した。「きっと普通に稼ぐよりも大変だと思うんですけど、人間って、こういうことに気づくとすごく頑張るんです」(堀井氏)。また、メタルスライムのような経験値の高いモンスターであったりカジノも同様で、ついつい頑張ってしまう一発逆転のようなギャンブル要素をあえて入れているという。

「ドラゴンクエスト」のヒットを後押しした、ライター活動による読者へのゲーム知識の浸透

 「結局、就職したことがない」という堀井氏。大学卒業後もライター業を続けているなかで、ファミコンブームが巻き起こり堀井氏は興味を持つ。このときに堀井氏は、アーケードゲームのようなインカムと時間に縛られることなく、ファミコンであればいつまでも遊ぶことができ、もともと作りたかったというアドベンチャーゲームやRPGと相性がいいのではと考えたという。

 ファミコン向けとして最初に手がけたのが、アドベンチャーゲーム「ポートピア連続殺人事件」。堀井氏の気持ちとしてはRPGを作りたかったが“文字を入力して遊ぶ”という遊び方に慣れてもらうため、そしてそれに適したのはアドベンチャーゲームと考え、PC向けに発売していた同作をファミコン向けにリリースしたという。ちなみに同作の犯人が意外な人物であるのはよく知られているが、これは少ないメモリのなかで、いかにプレイヤーを驚かせるかに苦心した結果だと付け加えた。

 そのあとRPGタイトルとして「ドラゴンクエスト」の制作に着手する。このとき堀井氏は、平行して行っていたライター業の一環として、週刊少年ジャンプの誌上でゲーム情報記事の連載にも取り組む。このとき、プレイヤーになるであろう読者にRPGとはどういうものか、そして魅力と面白さを伝える紹介記事を展開する。ゲーム画面を載せてこの先どうしたらいいのかを説明するぐらいに丁寧に紹介していきながら、RPGというジャンルを浸透させ、発売するころには一定の知識と興味を持たせた状態になっているというわけだ。

  「ドラゴンクエスト」は、メモリの容量が64Kバイトという、今の一般的なデジカメ写真1枚の容量にも満たないなかでプログラムや音楽などを詰め込んで完成。反響もよく続編が制作されることとなった。「ドラゴンクエストII」ではパーティプレイを実現。ここでも堀井氏の気配りが発揮されているのが、最初の主人公はひとりだけで冒険をはじめ、仲間を集めて加わるという仕組みにしたこと。いきなり「II」から初めたプレイヤーがパーティプレイに戸惑わないようにし、さらに仲間を探すストーリーを盛り込み、すれ違いがあるように見せて盛り上がりも作っていたという。

“使いやすさよりも分かりやすさ”

 こうした分かりやすさや配慮など、ユーザー目線にたった見方や物作りは、堀井氏いわく「僕の特性」と自己分析。このあと「使いやすさよりも分かりやすさ」というコメントをしていたが、おそらくこれが堀井氏のスタンスだと考えられる。たとえば、わかりやすくしようとしてチュートリアルがいっぱいあり時間がかかる状態は、イライラとして面倒くさいというように、“とりあえずわかればいい”とのこと。堀井氏が、BASICをはじめたときに4命令を覚えただけでアドベンチャーゲームを作ったことを例にあげ、全部教える必要は無く、少しだけ教えてわかった気にさせ、プレイをしていくなかでより理解させてあげることが大切であると説き、ドラゴンクエストシリーズはそのような作り方をしているとした。

 ほかにもドラゴンクエストシリーズを振り返り、パラメータ調整の秘話も語られた。初期の頃は堀井氏自らがパラメータ設定を行い、6つの攻撃パターンからランダムでひとつを選ぶ程度のものだったが、気がつくと1モンスターあたり50パラメータになるほど、シリーズを重ねるごとに進化。たとえば即死呪文である「ザキ」を敵のグループが一斉に唱えるようなこともあったが、それはプレイヤーにとってもきつい仕様なので、何人かが唱えたらもう唱えなくさせるといったグループ制御を加えたりしたという。現在においてもパラメータはギリギリまで調整を行っているとしている。

 ちなみに「ドラゴンクエストIV」において、仲間のクリフトがやたらザキばかり連発することが話題となったこともあるが、これは仲間の行動にAIが導入されている影響で、ヒットポイントを問わず一発でゼロにしてしまう魔法がゆえ、その効果が高いためAIの評価も高くなっているためであると説明。それ以降では先入観のパラメータを持たせ、「ザキは効かない」という先入観のある状態にしたうえで、呪文が成功すると徐々に先入観の数値を減らしていくようにしているという。

-PR-企画特集