情報技術(IT)と通信技術が人々をエンパワーする――ITが先進国を中心に普及しはじめたころから言われてきたことだが、「アラブの春」に代表されるように、それが現実のものになり、世界を変えはじめている。変革を支えているのはITと通信が交わるネットワーク、そしてモバイルだが、ネットワークを使って世界をよりよくしようと取り組んでいる人が他にもいる。第42代米国大統領のBill Clinton氏だ。
Clinton氏は11月初旬、Ericssonが香港で主催した教育とICT活用をテーマとしたフォーラム「NEST(Networked Society Forum)2011」で講演し、ネットワークのパワーについて自身の見解を語った。
Clinton氏が大統領を務めたのは1993年から2001年のことだ。インターネット時代の幕開け期と重なっており、Clinton氏は副大統領のAl Gore氏とともにIT産業促進などを目的とした「情報スーパーハイウェイ構想」などの施策をとった。
大統領としての任期を満了した後、Clinton氏は非営利団体William J. Clinton Foundationを設立、その後Clinton Global Initiativeを立ち上げ、貧困や温暖化など世界が抱える問題解決に取り組んでいる。
Clinton氏はFoundationやInitiativeを開始した動機を説明するにあたって、自身が感じている問題点を挙げた。「世界は不平等で不安定、そして持続性がない。われわれはエネルギーやリソースを消費し、環境を汚している。わたしが取り組んでいることは、ポジティブな力を集めてネガティブな力を減らしていくこと」。これにより、不平等を少しでも解消し、誰もが教育やヘルスケアにアクセスできるようにしていきたい、と願いを語る。FoundationやInitiativeでの取り組みの基準は、不平等や不安定の解消につながるか、持続性改善につながるかであり、「Yes」であれば取り組むのが基本姿勢だという。
元政治家として政治の現場を熟知している立場から、Clinton氏は国際政治からみた問題も指摘した。既存の制度、仕組み、システムにしがみつこうとする成長国、独自にシステムや制度を作ろうとする途上国、その間に挟まれた新興国、このように関心が異なる立場で協調していくことは簡単ではない。なかでも成長国(豊かな国)については、「既存のモデルやシステムにしがみつこうとしている」と批判。「人間の自然な傾向といえるが」と擁護しつつも、「継続的な改善には効率が悪いシステム」であり、実際に米国では相変わらず高等教育が高価で、社会保障システムも整備されていないことなどを例にあげた。「チャンスを創出すること、継続的な改善モードに変更する必要があると気づくことが大切だ」(Clinton氏)
ITと通信技術は否応無しにわれわれを新しい時代に放り込んだ。Clinton氏はそれまでの時代を“産業時代”とし、新しい時代を“ネットワーク時代”とよび、次のように対比してみせる。産業時代は、階層的な構造を持つ大きな政府と大企業が全員ではないが多数の人を潤すというもので、米国、欧州、そして日本がこのモデルの上に経済を構築し、繁栄を築いた。一方、ネットワーク時代は階層構造ではなくフラットになる。これからは、政府、企業、非営利団体などがソーシャルメディアなどのネットワークを媒体に協業する必要がある。ここでの秘訣は、全員にとって機能するネットワークを構築できるかとなる。「責任の共有、コミュニティの意識なしにはうまくいかない」とClinton氏は述べる。
Foundationに加えて、ネットワークが主導のInitiativeを立ち上げたのも、コミュニティのパワーを痛感したからという。課題を共有するネットワークを作って取り組むことのメリットはさまざまだ。「安く、高速な手段であり、得られるものもベター」、これらはよく言われるソーシャルネットワークの利点だが、Clinton氏はもう1つのメリットを挙げる。それは「たとえうまくいかなくても、恥じることはない」ということだ。
「『間違っていた』とは言えない、言ってはいけないというプレッシャーが大きかった」とClinton氏は政治家時代を振り返る。そのため政治家は否定に否定を重ねてしまうという。現在は、「知らない」「間違っていた」と言うようにしている、とのことだ。政治家として常に正しくあること、失敗のないことを求められてきたからこそとも思えるが、政治だけでなく、企業も四半期ごとに株主から数字を突きつけられ、長期的な成長目標を立てにくい時代になっている。Clinton氏の指摘にビジネス側も頷くのではないか。
「ネットワークは、アイデアを出して成長させるというコンセプトそのものだ」とClinton氏は語る。そしてこれを「継続して進化する実験」と形容した。同氏は「答えがないこと、うまくいかなかいことを恐れる必要はない。新しいことに挑戦しやすくなる」「うまくいかなくても、時間とコストを投じて継続的にフォーカスすれば、なにかが少しずつ変わる」と続ける。
そして、今回のフォーラムの主題である教育をはじめ、さまざまな不平等、不安定の解消、持続性の改善にあたって、「われわれは(ネットワークという)パワーを手にしている」と勇気づけ、フォーラムの参加者に取り組みを継続するよう呼びかけた。「コミットすること、答えがわからないことを恐れる必要はない。われわれは世界をよりよいところに変えていかなければならない。ネットワークはその土台となる」、こう述べてスピーチを締めくくった。
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