“創造の装置”を生み育てたSteve Jobs--すばらしき創造に哀悼の念を込めて

執筆/写真:塩澤 一洋2011年10月20日 14時00分
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 人はさまざまなものを創造する。料理、絵画、詩歌、彫刻、音楽、家具、衣類、建築物、船、蓄音機、乗用車、写真機、飛行機、映画……。人は創造する動物なのである。

 Steve Jobs氏もまた多くのものを創造した。しかしそれはちょっと特別なものだ。Apple、NeXT、Mac(Macintosh)、Pixar、iTunes Store、iPhone、iPadなど、彼が創造したのは“創造の装置”である。そのJobs氏が米国時間10月5日に亡くなった。一報をiPhoneで読み、Macで確認して事実だと知り、涙が止まらなかった。哀悼の念を込めて、彼に対する無限の感謝と尊敬の気持ちをここに記したい。

“社会の創造性を喚起する仕組み”を創造したJobs

  • 「Mac OS X Leopard」が披露された2007年6月のWWDC

    撮影:塩澤一洋

 私は今、最新の「Mac OS X Lion」が載った「MacBook Air 13インチ」に「Pages」というワープロソフトを使って、この小稿を書いている。どれもJobs氏が指揮するAppleによって創造されたものだ。

 私が初めてMacを使ったのは1988年のことになる。「Macintosh SE」だ。以来、論文もエッセイもメールもプレゼンも、すべてMacで創ってきた。Twitterに書く短いつぶやきも長文も、写真や映像の編集も公開も、全部Macとともに行う。私の半生、いやそれ以上の期間にわたって、私の“創造”はいつもMacの力を借りているのだ。Macがなかったら私の創造的行為は相当異なるものになっていただろう。

 これはもちろん私だけの話ではない。世界中、Macによって作り出されたものは無数にある。テレビ番組も映画も音楽も絵画も小説も、その製作にMacが使われている。Macはまぎれもなく創造の装置なのだ。

 iPhoneとiPadもやはり創造の装置だ。例えばiPhoneを手にして以来、私の写真の撮り方が変わった。いままでだったら写さなかったであろう物も、iPhoneでは写している。撮ってすぐその場で、TwitterやFacebookにアップロードして公開できるからだ。iPhoneによって創造が喚起されている証拠だ。写真にとどまらず、メールもTwitterも原稿だってiPhoneで書く。

 iPadは、自分の手で直接書いたり描いたりできる。手は脳の延長だから、手を動かして思考すると創造力がかき立てられる。図や絵を描いたりチャートを描きながら考えたりできる。最近ではiPadでブログを書くことも多い。手書き文字認識アプリ「7notes」で本文を書き、「DPad HTML Editor」で写真をレイアウトしてアップロード。創作から公開までの一連の作業がiPad 2だけで完結する。すばらしき創造環境ではないか。他にも、キーボードで音楽を演奏したり和声を弾いてみて楽曲の連なりを考えたりする。創造環境を豊かにしてくれるiPadもまた創造の装置なのである。

“創造”と“ 練金”--両方を掛け合わせてなお上回る価値

  • 多くの人を魅了したプレゼンテーション

    撮影:塩澤一洋

 iTunes StoreやMac App Storeは、おもむきが異なる。「Store」という形態で市場を創成することによって、ソフトウェア開発者たちに世界販売のチャンスを提供した。それはソフトウェアの創造を促し、競争を生み、アプリの質的な進歩をもたらしている。またそこからダウンロードされた何億ものアプリが世界中の人々の手にわたり、文章、絵画、映像、音楽などが創造される。同時に、それらのアプリに触発された開発者たちがまた新たな別のアプリを開発して、アプリのバラエティーも増えていく。各Storeは明らかに、創造の装置なのである。

 そして最も重要なことは、これらはAppleという会社から世に送り出されているということだ。Jobs氏によって生み、育てられたAppleという会社によって。

 それも単なる創造の装置ではない。Appleは、Mac、iPhone、iPad、そしてiTunes Storeといった“創造の装置”を生み出す“創造の装置”なのだ。

 これがJobs氏の偉大なところである。歴史上、多くの偉大な芸術家が創造によって芸術作品を生み出してきた。一方、多くの著名な経営者は、会社や企業体という“練金の装置”を作ってきた。しかしJobs氏はそのどちらか一方ではない。両方を掛け合わせてなお上回る価値を持つ創造物、Appleという“創造の装置の創造の装置”を創ったのだ。そこで作られるプロダクツやサービスが人々の手に渡ることによって人々の創造性が引き出され、新たな作品、新たな価値が生み出される。

 なんとすばらしいことだろう。Jobs氏は、Appleを通して社会の創造性を喚起する仕組みを創造したのだ。

著作権法とJobs氏の理念を結ぶもの--「文化の発展」

  • 2007年6月に行われたWWDCにて

    撮影:塩澤一洋

 実は、これは著作権法の目的と軌を一にする。著作権法の究極の目的は「文化の発展に寄与すること」である(第1条)。ひとつでも多くの著作物が創作され、世の中に公開されることによって、社会を文化的に豊かにしていくことが著作権法の使命なのだ。いわば著作権法は人々に対して「創造しようよ!」と呼びかけているのである。Jobs氏が生み育ててきたたくさんの製品やサービスは、まさしくこの著作権法が目指す世界観を具体化し、人々の手元で形にし、実現するものだ。

 さらにJobs氏の業績は、特許法の理念にも合致する。特許法の目的は「発明を奨励」することによって「産業の発達」を促すことだ(第1条)。Appleは我々が驚くような「発明」を繰り返し、新規な技術を次々と製品やサービスとして具体化してきた。新たな技術を自ら開発し、あるいはいち早く取り入れることで業界のビジネスを牽引すると同時に古いものは潔く捨て、技術の刷新を促してきた。まさに「産業の発達」を促進してきたのである。

 Jobs氏が世に送り出した数多くの創造の装置、そしてそれをつくり出すAppleは、著作権法と特許法に掲げられた崇高な目的を、両方同時に実現し続けているではないか。だから私は、1ユーザーとしてのみならず知的財産権法学を研究する立場からも、Jobs氏を心から尊敬するのである。前述の偉業の背景にある彼の哲学に、畏敬の念を覚えるのだ。

 彼は「for the rest of us(コンピューターに詳しくない人々のために)」との理念に基づいてMac(Macintosh)を作ってきた。また近年は次のような表現をしている。「自分たちはいつもリベラル・アーツ(一般教養科目)とテクノロジ(技術)の交差点にいるようにつとめている。両者のいいところを融合し、技術的に最先端でありながらユーザーが直感的に楽しく簡単に使える究極の製品を作るためだ。製品の方からユーザーに寄り添うのだ」。

 美しい。理念そのものが美しく具体的だ。その美しさと具体性が、彼らの製品に表れている。Appleが我が手にもたらしてくれる美しき創造の装置を使って、自らの創造的人生を豊かに歩んでいきたい。

Thank you, Steve.

執筆者プロフィール

塩澤一洋

成蹊大学 法学部教授、政策研究大学院大学 客員教授、写真家。

Twitter:@shiology
ブログ:http://shiology.com/

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