みんな、“本質”に真摯な「あなた」になりたかった--松村太郎の誓い

「そんな、ばかな!」

 2011年10月5日、Appleは創業者にして前CEO、現会長のSteve Jobs氏が亡くなったことを発表した。心よりご冥福をお祈りしたい。この悲報は世界中に駆け巡り、あらゆるメディアが伝え、あらゆるトップがコメントを出し、ジョブズ氏は「天才」「最高の経営者」「クリエイター」と評した。

 このニュースを知ったのは、いつもの日課となっている行動からだった。僕はたいてい朝の目覚めが悪いので、iPhoneのアラームのスヌーズに何度となくせかされながら目を覚ます。そして枕元にあるiPadで日本経済新聞電子版を開いてニュースをチェックする。Facebookを開いてメッセージを読んだり返したりする。起き出して味噌汁を飲み終わったら、Macを起動して前に座って電子メールをチェックし、仕事を始める。

 今日に限っては、日経電子版を開いた瞬間にベッドから転げ落ちた。「そんな、ばかな!」とツイートもした。Facebookも味噌汁も電子メールもすっ飛ばして、Macの前に座って、一体何が起きたのか情報収集をした。しかし、結果はあまりにもシンプルなモノだった。

 ウェブの革新はものすごい勢いで進んでいる。しかしそれをライフスタイルの中に持ち込み、あるいはどこででも触れられるようにしたのは、Appleを率いてきたSteve Jobs氏の功績も大きい。しかしまさか、自分が作り出したデバイスで、世界中の人々が、自分の死を知ることになろうとは。あるいはそのことも彼なら悟っていたかも知れないけれど。

 僕は幸運にも、Apple製品についてのレビューをCNET Japanで書かせて頂くチャンスをたくさん頂いた。新しいiPodや入力デバイス、iMac、そしてiPhone。ほとんどの製品を自分で購入して自宅で、あるいは仕事で使いながら記事を書いた。Apple以外の製品についても、なるべくその方針を貫くようにしている。不公平にならないように。

 記事を書くことは、テクノロジやデバイスと対話する最もよい方法だと個人的には考えている。しかし時には、気づきが多すぎてパンクすることもあった。

 例えば、まだワイヤレス化されていない「Mighty Mouse」についての初校は8000文字にもなり、自他共に「よくマウス1つでそんな分量のテキストが書けたものだ」と目を丸くすることもあった。しかしマウスやコンピューティングのバックグラウンド、機能性とデザインを両立させるために使われるテクノロジなど、触れば触るほどに気づきが生まれ、それを省かず伝えようとしたら、そのぐらいにもなる。

“ケータイ”と“Apple”が1つに重なった日

 大学院を卒業した2005年から本格的に仕事を始めたとき、僕は“ケータイ”と“Apple”という2つのテーマを軸にした。どちらも、テクノロジとして好きなテーマであるからだ。しかしいつしか、その2つのまったく別々だと考えられてきたテーマが1つに重なる瞬間がやってくる。2007年のiPhoneの登場だ。日本でははじめの1年は発売されず、わざわざ実際に電波を拾っているiPhoneを使いに米国、ニューヨークまで飛んだこともあった。これによって、僕のフィールド全般はAppleに覆われることになった。

 実は皆さんが思うほど、僕のMac歴は長くない。僕が自分で購入した一番最初のApple製品は、何を隠そう初代iPodだった。2001年にiBookとともに購入して、ピカピカ光る真っ白なノートパソコンを起動し、もちろん所有する前から知っていた起動音を聞いた瞬間の気持ちは、なかなか忘れることができない。しかし、その音を聞いたのは、たった10年前のことだ。

 初めて起動した後、また違った衝撃があった。当時はまだ標準の起動OSはMac OS 9だったが、試しにMac OS X 10.1を立ち上げたときである。画面は透き通るような水を思わせる壁紙に、ツヤのあるキャンディのようなボタン類、そして何より、画面表示フォントのキレイさには度肝を抜かれた。まるで印刷されているかのようなぎざぎざのない画面を、マウスで操作することができる。

 ちょっとしたこだわりが、大きな感動を与える可能性がある、と気付かされた瞬間である。そして、Macの起動音も画面に表示される文字の美しさも、僕にとっての日常になった。一度見てしまったり体験してしまった美しいモノから、なかなかスタンダードを下げることは難しい。

 そのことを知っているから、Jobs氏は細部へのこだわりを諦めず、数百の特許をAppleにもたらすことになる。

「本質」から挑むSteve Jobs

 Steve Jobsは人間とテクノロジというテーマに対して「本質」から挑み、人々の身近に入り込み、スタンダードを高め、自らそのスタンダードに挑み続けてきた。秘密主義、独裁的、と言われる彼とAppleも、実際のところは、非常にまじめに、そして真摯に、ユーザーに耳を傾け続けていたこともよく分かる。

 例えば、最新のiPod nanoだ。Jobs氏の死去が発表される前日に開催されたiPhoneイベントで同時に発表されたiPod nanoは、バンド型のケースを装着して腕時計として使う人が多かったため、文字盤を18種類に増やした。こういう遊び心もまた、美しいデザインや使い勝手のよいソフトウェアへのスパイスとして、愛着をわかせるものだ。しばし、以下の動画を見てみてほしい。

 本当にまじめに、“本質”を追究する。時には、人を楽しませる。デバイスをコミュニケーションの材料にしながら、Jobs氏はわれわれにテクノロジの素晴らしさで語りかけ、ユーザーであるわれわれもまたデバイスで彼のアイディアに触れる。──そんなコミュニケーションに熱中した10年だった。しかし、ここで終わりではないと思っている。

 ホンダやMercedes、BMWと同じように、Steve Jobsの精神が宿るAppleという会社は、テクノロジやプロダクト、そしてユーザーに対して真摯に本質を追究し続けてくれるだろう。そのフィールドは、デバイスからだんだん、ソフトウェア、クラウドに広がりつつあり、さらにその傾向は強まっていくことになるはずだ。

 改めて、Jobs氏に感謝したい。何が大切かという本質から目をそらさず、シンプルに、そして地道にまじめに取り組むことが実を結ぶ、ということを証明してくれたからだ。僕もそういう人間でありたいと常々思っているし、今後もそういう姿勢で仕事に取り組んでいくことになると思う。

 ジェネレーションY世代を代表して、Steve Jobsさんへ。僕らはみんな、本質に真摯な「あなた」になりたかった。そして、これからも、世界を少しでもよくする助けを、実直に、時には戦略的に、そして常にまじめに、取り組んでいくと誓いたい。10年後を、どうか楽しみにしていて欲しい。

哀悼 : スティーブ・ジョブズ

松村太郎(まつむら・たろう)

ジャーナリスト・企画・選曲。慶應義塾大学SFC研究所上席所員(訪問)。

http://www.tarosite.net/

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