「ハイネケン『Italy Activation』」のストーリー

 WEBにおけるコミュニケーションには、何よりもストーリーが必要です。この場合のストーリーとは、相手の感情を動かすエピソードや仕組みを指します。ビール会社ハイネケンのイタリアにおける「Italy Activation」というプロモーションイベントには、人間の感情を刺激するストーリーがありました。

 時は、2009年10月11日の夜。場所はイタリア・ミラノのサッシーロのコンサートホール。そこで開催されるクラッシックコンサートに1136人のサッカーファンの男たちがイヤイヤ集まってきました。ちょうど同じ時刻に、UEFAチャンピオンズリーグ「ACミラン対レアル・マドリード」という世紀の大一番というべき試合が行われるからです。

 サッシーロはACミランの本拠地。誰もが、こんなコンサートなんて来たくなかった。できることならサッカーの試合を見たいのです。でもガールフレンドだったり、大学教授だったり、上司だったり逆らえない人から、「どうしても一緒にコンサートに行ってくれ」と懇願されてやってきた連中です。

 やがてコンサートが始まります。これが極めて退屈なもの。淡々とした弦楽四重奏。大きなスクリーンがあり、万年筆である単語が書かれては消されるという単調な映像が永遠と映し出されています。そもそも、サッカーが見たかった男たちは、案の定、退屈してあくびをかみ殺しはじめました。

 そして15分。スクリーンに以下のようなメッセージが万年筆で書かれます。「上司にノーって言いにくかったんですか?」「ガールフレンドに対しても」「これまでこんなビッグマッチを見逃すなんて思ったことはないでしょうね?」。ここで男たちは、何かヘンだなと思ってクスクス笑い始めます。

 そう!これはニセのコンサートだったのです。誘ったガールフレンド、大学教授、上司たちはすべてハイネケンの共犯者で仕掛け人だったのです。楽曲はいつの間にか、UEFAチャンピオンズリーグの有名なテーマ曲に変わっていて、スクリーンにダメ押しのメッセージが流れます。「ACミランとレアル・マドリードの選手たちがピッチに立ちました。さあ、一緒に試合を楽しみましょう」

 これには、観客達は拍手喝采し大熱狂。“Heineken made to entertain”というキャッチフレーズの後、スクリーンにはまさに始まろうとする試合の様子が映し出されたのです。

 このイベントは、150万人がライブでSky Sportsで視聴し、1000万人が翌日のスポーツニュースで見ました。その後、ブログやSNSでものすごい勢いで話題になり、1年たった現在でも、全世界中において、WEBで視聴する人間が後を絶ちません。映像を見た人間の多くは、ハイネケンの洒落たアイデアに大きな称賛を送っています。

 では、何がここまで人の心を動かすのでしょう?それはこのプロモーションにストーリーがあったからです。

 サッカーファンの男たちを騙してニセコンサートに連れてきて、ドッキリを仕掛ける一連がすべてストーリーになっています。サッカーファンならずとも、このような状況に置かれた時の人間の心境は理解できます。

 そして、楽しみにしていた試合を見ることができるようになった時の喜びも。大きく感情が揺さぶられた人間のストーリーを見ると、見た人間の心も大きく揺さぶられるのです。それこそがストーリーの力と言えます。

 このように、優れたコミュニケーションには必ずストーリーがあります。あなたの会社のWEBコミュニケーションには、インタラクティブなストーリーがありますか?

◇ライタプロフィール
 川上徹也(かわかみ てつや)
広告代理店で営業局、クリエイティブ局を経て独立。フリーランスのコピーライターとして様々な企業の広告制作に携わる。また、広告の仕事と並行して、舞台脚本、ドラマシナリオ、ゲームソフト企画シナリオ、数多くのストーリーを創作する仕事にかかわる。近著に『キャッチコピー力の基本』(日本実業出版社)

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