2010年3月7日、米国アカデミー賞の授賞発表に世界の映画界は揺れたが、その4日後の11日、英国の企業関係者の間では「株式会社賞(The PLC Awards)」に大きな関心が集まった。というのも、「経営者賞」など8部門の受賞企業の発表は、上場会社や投資銀行の幹部や主だったファンドマネジャー、アナリスト、企業コンサルタントなどが約1,500人も出席するシティ(ロンドンの金融街)の一大イベントとなっているからだ。
IR関係者が注目する「べスト投資家向けコミュニケーション」部門は、英飲料グループ大手のブリトヴィクが受賞した。同社は投資家とコミュニケーションできる多彩なサイトの構築を進めてきた。その結果、同社のIRサイトに対するアクセスは1カ月間で6000前後に及ぶ。とくに質問コーナーに投資家から問い合わせがあれば通常24時間以内に返事が返ってくることで市場関係者の間ではよく知られたサイトだ。
一口に24時間以内に返信メールを書くというが、これはできそうでなかなかできない仕事である。これを実行するには、IR部門に返事をするだけの準備と体制が備わっていなければならないからだ。
昨年11月、大和インべスター・リレーションは日本の上場会社1,084社にメールを発信した。その返事が「同日中」にあった企業は717社(66%)。「1営業日以内」、つまり「翌日中」の返信は125社(12%)だった。両者で842社(78%)だ。ほぼ10社に8社は翌日中に返信を行っている。返事というが、中には「たしかにメールを受信しました」といった文面で、実質的には返答になっていないメールも少なくない。そして、1週間が過ぎても返信のない企業は149社(14%)で7社に1社に上った。この場合、その後の返事はほとんどない。そして、残念なことに、1週間が過ぎても返信のない会社は、この数年の調査では一向に減っていない。これでは何のためのメールかと思われても仕方がない。
3月12日付の英有力紙フィナンシャル・タイムズは「コミュニケーション、投資家にコンタクトするスマートな方法」と題する記事の中でブリトヴィクを取り上げた。「この素早い対応によって主要な株主がこの数年で80社から200社に増え、投資家の全体数は1年前の2倍を超す4,000に達した。これは株式の流動性が増したことを示してもいる」と高く評価し、「同社をカバーするアナリストも7人から22人に増加した」と続けた。
さらに、この記事はブリトヴィクと最後まで「べスト投資家向けコミュニケーション賞」を競ったマクブライドのウェブサイトにも言及し、「スーパーマーケット向けに家事用品を供給しているマクブライドは、7カ国に19の工場を展開していることもあり、そのサイトは英語のほかに6つの言語バージョンが用意されている」と指摘した。たしかに英語に加えて、イタリア語、カタロニア語、スペイン語、ドイツ語、ポーランド語、オランダ語によるウェブサイトがある。
こうした多言語サイトでは、米国のゼネラル・エレクトリック(GE)による多言語サイトが先行している。英仏独はもちろんスペイン、イタリア、ポルトガル、チェコ、スウェーデン、デンマーク、ロシア、ポーランド、ギリシア、中国、韓国、日本など各国語バージョンを用意し、文字通り、国境を越えて事業を展開するグローバル企業の本領を発揮している。日本でも大手商社のサイトは日本語に加えて英語や中国語によるバージョンがあるが、多くが英語版の作成にとどまっている。
質問に24時間以内に回答するブリトヴィク、多言語サイトを構築したマクブライド。今回の「べスト投資家向けコミュニケーション」部門の議論では、ウェブサイトのもつ双方向コミュニケーションと企業のグローバル展開という各社の直面する課題にどう取り組んだかが問われた。
◇ライタプロフィール
米山徹幸(よねやま てつゆき)
大和総研・経営戦略研究所客員研究員。最近の寄稿に「ウェブ作成の指針を示す、英国IR協会のガイドライン」(「広報会議」2010年5月号)など。「日経マネー」(日経BP)に「個人投資家のための企業IR透視術」を連載中。
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