国内で唯一のPHS事業者であるウィルコムが会社更生手続を申し立てた。これに伴い、同社が進めていた「産業活力の再生及び産業活動の革新に関する特別措置法所定の特定認証紛争解決手続」(事業再生ADR手続)は終了となる。またあわせて、三菱東京UFJ銀行やみずほ銀行といった主力行が、産業再生支援機構による再生支援を申請した。
今後は、産業再生支援機構やスポンサー候補であるアドバンテッジパートナーズ有限責任事業組合のファンド、ソフトバンクによる支援を受けながら、事業再建を目指すことになる。
もともと、事業再生ADR手続きによる私的整理はあまり前例がなく、特にウィルコムほどの規模や複雑さをもったケースは少なかった。その後、産業再生支援機構による支援を受ける上で選んだプレパッケージ(事前調整)型の事業再生も、日本航空(JAL)に続く2例目で、やはりまだノウハウが十分蓄積されているとは言いがたい。
金融機関も、どこまでを検討し、決めるのか、という議題設定から、手探りで作業を続けてきたことだろう。目隠しをしたまま飛行機の操縦桿を握らされるような気分だっただろうが、今後長期的に下降基調を余儀なくされる日本経済全体にとって、貴重な経験となるはずだ。
今回のウィルコムの会社更生法申請は、日本の携帯電話産業にとって転換点となるかもしれない。あるいは逆に、日本の携帯電話産業が転換点にさしかかっているからこそ起きたことと言えるのかもしれない。
昨秋にウィルコムが事業再生ADR手続きに入ったことを表明した際、「PHSにはもう競争力はない」という声が多く聞かれた。「日本の携帯電話産業は極めて特殊だ」というガラパゴス論が台頭するなかで、独自技術であるPHSはその象徴としてやり玉にあげられた。
確かにGSMやW-CDMAなどと比べて、PHSは世界標準の規格であるとはいえない。中国などのアジア圏を中心に、PHS加入者は約1億人と言われるが、GSM/W-CDMAに比べればその規模は小さい。日本国内の加入者数は500万人弱程度で、これが数年以内に2000万〜3000万人へと爆発的に成長するとも考えにくい。
ただ、インフラ運用コストの低さは特筆に値する。1人あたりGDPの低いアジア諸国で広く受け入れられたのはこのためだ。日本でも、携帯電話料金の引き下げや24時間通話無料といったサービスを他社に先駆けて提供してきた。ウィルコムの競争力の源泉は、インフラ技術自体の優秀さにあるのだ。
では、ウィルコムを最終的に追いつめたものは何か。もちろん自らが仕掛けた競争環境の激化もあるだろうし、複雑な株主間の思惑に経営が左右されたということもある。ただ最終的には、次世代インフラへの投資の難しさという、通信産業全般が抱える問題に尽きるのではないだろうか。
いくらPHSの効率が良いとはいえ、GSMと同時期に開発され、気がつけば20年選手にもなろうという技術だ。努力を重ねて高度化を進めたものの、GSM同様、そろそろ抜本的に手を打たなければならなくなっていた。
そこでウィルコムは、XGPという新しい技術を開発した。XGPは、モバイルWiMAXの持つ高いスループット能力と、第3世代携帯電話(3G)や第4世代携帯電話(4G)が持つモビリティ(可搬性:移動しながらでも絶えず通信ができる性能)を併せ持つ技術だ。同じTDD方式(時分割復信技術方式:周波数を上りと下りに分割するのではなく、短時間に受信と送信を繰り返してデータを送受信する方式)の技術開発を推し進める中国勢などからも高い評価を得ていた。
しかし、技術の高さとインフラ整備の容易さは別の話だ。経営面から見たインフラ整備の難しさは、通信キャリアに共通する課題である。例えばソフトバンクモバイルは、ボーダフォンジャパン買収時の巨大な負債で四苦八苦する中、iPhoneによる回線容量の逼迫で新たな設備投資を迫られている。また、米AT&Tは需要が急増する地域で端末販売を制限しているとの噂がある。ウィルコムも同じような問題に直面したと言える。
ウィルコムが事業再生ADR手続きに入ったとき、もう1つ持ち上がったのが、規制当局である総務省の電波政策に関する議論だ。特にXGP向けの2.5GHz帯免許の交付理由に財務状況の健全さを挙げたのだから、規制当局にも責があるのではないか、あるいはそもそも現在の免許制度自体がおかしいのではないか、というのだ。
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