ちょうど政権交代が行われ、民主党の政策の中に「電波オークションの検討」が盛り込まれていたことから、「ウィルコムの失敗を機に電波オークションの導入を」という声もあがった。結果として電波オークションは政策の優先度の中でやや低いところに位置づけられたようだが、まだ火は完全には消えていないように見える。
では、もし電波オークションが導入されていれば、問題が解決したのだろうか。必ずしもそうとは言えないだろう。
電波オークションには、電波を使うための利用料を前もって支払う「プリペイド」と、市場原理を使って電波に値段を付け、コスト意識を高める「費用の顕在化」という2つの特性がある。プリペイドという観点では、あらかじめ費用を払う必要があるため、資金調達が厳しい事業者は自動的に門前払いとなる。この意味で、今回のウィルコムのような事態は結果的に防げたのかもしれない。
しかしその一方で、オークションで決められると費用は高騰し、消費者へ転嫁されるという問題が発生する。欧州では3Gのオークションをした結果、価格が高騰し、サービス導入を先送りする事業者が登場した。
どちらを取っても、ウィルコムはインフラの世代交代が難しくなる。しかもこれは、ウィルコム以外の事業者にもあてはまる。結局、オークションを導入すれば財務余力のあるNTTドコモに有利になる。
「対応できない事業者は退場を」と市場原理主義を唱えるのは簡単だが、これまで無線通信が許認可事業として行われていたことを思うと、政策の思惑ひとつで既得権を簡単に否定することは問題だ。いままで滞納せず自動車ローンを支払っていたのに、「制度が変わったのだから残金をすぐに全部支払え、しかも値段は購入希望者とオークションで決める、いやならクルマを捨てよ」というのと同じで、やや乱暴な議論だ。
NTTドコモは次世代高速移動通信技術「LTE」を使ったサービスを年内にも開始する計画で、着々と準備を進めている。一方でauは状況が厳しく、LTEへの投資や2012年の周波数再編を前に、身動きが取りづらい状況が続いている。
こうした中、4GサービスにおいてNTTドコモの寡占が強化されれば、結果的にインフラとサービスを分離し、NTTのインフラを開放するべきだという議論が、NTTの再々編論議に伴ってまた登場するかもしれない。もしこうなると、XGPやモバイルWiMAXがインフラ整備を進めたところで、厳しい戦いを強いられることになるだろう。
一方で、ウィルコムの支援に名乗りを上げたソフトバンクは、何を狙うのだろうか。たしかに国からの支援を得た上でウィルコムの顧客資産やインフラ技術を手中に収められるという、良すぎるほどの好条件ではある。しかし、自社インフラさえままならない状況で、XGPのインフラ整備をソフトバンクができるとは考えにくい。
むしろPHSの事業効率の良さを評価し、ウィルコムの既存顧客の取り込みや、ソフトバンクモバイルやソフトバンクテレコムのインフラで負担となっている高頻度の利用者を移管することを考えているのかもしれない。ただこれも、あくまで推測だ。
わかっていることは、日本の携帯電話産業が大きな転換点を迎えたということである。数年前は、ウィルコムも含め、事業者の一角がここまで追い込まれるとは誰も想像しなかった。しかしいまや、事業者のほとんどが今後茨の道を歩まざるを得ない状況にある。
おそらく日本の通信産業が、いまだかつて経験したことのない領域に足を踏み入れたということなのだろう。規制当局の動きも含め、引き続き事態の注視が必要だ。
筆者略歴
長尾彰一
携帯電話産業に10年以上従事。端末開発の戦略立案などに携わっている。
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