インターネットを活用して新しい産業を興し、経済を発展させるためのルール作りを提言する慶應義塾大学SFC研究所のネットビジネスイノベーション研究コンソーシアムが2月4日、シンポジウム「ネットビジネスイノベーション政策フォーラム」を開催した。政府関係者やネット企業の代表者が集まり、政府のIT政策について議論を交わしたが、中でも熱い思いをぶつけたのが、ソフトバンク代表取締役社長の孫正義氏だ。
実は当初、フォーラムにはヤフー代表取締役社長の井上雅博氏が参加する予定だった。しかしヤフーの取締役会長でもある孫氏が急きょ登壇し、会場の様子をUstreamで中継しながら、IT政策への強い要望を語った。
政府が掲げた新成長戦略では、2020年度までに名目GDPを2009年度見込み比177兆円増の650兆円にするという目標を掲げている。環境分野で50兆円、健康分野で45兆円、観光・地域活性化分野で10兆円の市場拡大を目標としているが、このほかに約70兆円の市場が必要となる。そこで孫氏は、「過去30年間で国内生産額が最も伸びている情報通信分野を伸ばすべき」と提言する。
「孫子の兵法でも、『勝ち易きに勝て』というのがある。成功するためには伸ばしやすいところを伸ばすのが近道だ」
孫氏は、IT化が遅れている分野にもっと予算を回すべきだと訴える。その一例が義務教育の分野だ。
義務教育制度のはじまりは、1872年(明治5年)に公布された「学制」にさかのぼる。「農耕社会から工業社会に世の中を変化させるために導入されたのが義務教育制度だ。社会のパラダイムが工業社会から情報社会に変わる現在、教育のパラダイムも変えないといけない」
従来の義務教育は暗記型が中心だったが、検索エンジンが普及した現在は、インターネットで世界中の情報が調べられる。そういった時代に重要なのは、「丸暗記から、考えることへとエネルギーをシフトさせること」というのが孫氏の持論だ。
孫氏がTwitterを使って、「皆さんは、30年後の教育はどうあるべきだと思いますか?」と問いかけたところ、1時間で230件、累計で1000件以上の返答が寄せられたという。中でも、「もしかしたら、『感動を伝えること』のみを命題として、全力を尽くすべきかもしれません。歴史の感動、社会の感動、自然科学の感動。仲間と共に力を合わせることの感動。未来の構築に携われる感動。」というコメントに強く同意したとのこと。
「人間は知的好奇心を満たすことにわくわくし、感動する。詰め込まれるよりも、感動を得たときのほうがはるかに記憶する。その感動を伝えるのに、紙に印刷した一方向のメディアが最も役に立つと言えるだろうか」
そこで孫氏が提案するのが、電子教科書の導入だ。音声や動画などを使いながら双方向にやりとりできるデバイスのほうが、より感動や記憶が強くなると孫氏は話す。
「フルタッチパネルとモーションセンサーを備え、1GHzのCPUを搭載した端末でも、今は1台2万円程度で作れる。就学者数を1800万人と仮定しても、導入費は3600億円程度。これは八ツ場ダムの建設予算4600億円よりも少ない。ダムがなくても国は成り立つ。1800万人の子どもたちこそ、日本が投資すべき最優先事項ではないか」
パネルディスカッションでは、かつて慶應義塾大学SFC環境情報学部で助教授を務めた文部科学省の鈴木寛副大臣に苦言を呈す一幕もあった。鈴木副大臣はインターネットコミュニティの政府との関係作りがこれまで弱かったと指摘。勤務医たちの働きかけを受けて2010年度の診療報酬が引き上げられる予定であることを例に挙げ、「彼らはネットで連絡を取り合いながら議論を深めて政治にアプローチし、予算を引き上げさせた。ネットコミュニティもちょっと遅れを取ったが、(政治を動かせるように)がんばろう」と述べた。
これに対し孫氏は「民間の一般人が政策でやってほしいことをうまく伝えて、伝わったら政治家がやる、というようではまずい。国民は自分たちの国家や子どものために考え、色んなところで発信しないといけないが、併せて政治家も、自らが一般の意見を聞いていこう、拾い上げていこうという姿勢でいなければならない」と断じた。
さらに、「国家が危険だといろんな不安を国民が持っている時ほど、30年、50年、100年というスパンで国家としての志高いビジョン、戦略を示す必要がある。まず、何のために働くのか、何のために国家があるのか、どうしたら幸福になるのかという共感できる理念を打ち立て、それを具現化するために、どんな社会を作りたいのかというビジョンと、実現するための戦略を出すことが必要だ。その順番を間違えると、右往左往しているに過ぎない。高い志でのビジョン、戦略を真っ先に語って欲しい」と訴えた。
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