米国の信用力の低い個人向け住宅融資(サブプライムローン)問題が引き起こした金融不安は、この9月中旬から一気に「金融危機」の事態に陥った。
証券大手リーマン・ブラザーズの破たん、メリルリンチの救済合併、米保険最大アメリカン・インターナショナル・グループ(AIG)の政府管理。
欧州でも英HBOS、オランダのフォルティス、仏・ベルギー系のデクシアと救済劇が続いた。
こうした危機の連鎖はアジアに及んで、東アジア銀行香港支店では取り付け騒ぎが起こる。毎日のように、世界のどこかで金融機関が破たんの淵(ふち)に追い込まれている。その光景は「世紀の危機」そのものだ。
そんな騒然とした雰囲気に各社のIR担当者の活動も鈍りがちだ。投資家やアナリストに何もしないIR担当者が意外に多い。
とくに株式の時価総額の小さな企業では、その傾向が強い。ひとつには、勤務先がいつ破たんするかもしれないとなれば、投資家やアナリストのアプローチも少なくなることがあるかもしれない。たしかに、このところ、アナリストレポートの数も落ちているという。そんな事情からIR担当者もコンタクトする気持ちにならないらしい。では、どうすればいいのだろうか。
7月24日、全米IR協会(NIRI)のボストン支部で「不安な市場でのコミュニケーション」と題するセミナーが開催された。
講師はIR暦30年の大手食品キャンベルのIRO(IR責任者)。IR関係者の対応として最初に話に出たのが「株主リストで上位50の株主とワン・オン・ワン・ミーティング(対面のミーティング)」の企画、「セルサイド・アナリストに経営トップに会ってもらう」というアイデアだった。いま目に見える関係を確認し、これを強化する、これがとても重要だというのだ。
「いま目に見える関係を確認」といえば、9.11米同時テロ攻撃を受けた直後のIR活動を思い出す。
テロ攻撃ですべての取引所は閉鎖され、全国の交通・通信も大きく混乱。その中で、「当社は、皆さんの求める情報をお届けしております」とEメールやIRサイトで語り続けたIR担当者たちのストーリーだ。
アナリストや運用担当者のコンタクトは、情報を求めただけではなく、話をしてお互いを確認する場面も少なくなかった。
結果として、こうしたIR活動は市場や社の内外にひろく安心感を与えることになった。「危機時のベストプラクティス」だといっていい。混乱のときほど、直接のコンタクトがモノを言う。
もう1つ話に出たのが「自社サイトの掲載情報の質を改善する」だった。
ここで「改善」とは「IRサイトでもっと簡単に情報を得られるようにする」ことだ。言い換えると、アクセシビリティとユーザビリティの改善だ。
これが「不安な市場でのコミュニケーション」では、ポイントだというのだ。じつはIRサイトにいちばんアクセスする人たちは投資家とアナリストだ。
彼らは企業ウォッチャーなのだ。もちろんメディアも一般投資家もアクセスする。IRサイトの向こう側に、具体的な顔が見えてくる。そんな取り組みを期待するというのだ。情報発信で「IRサイトの充実」はすぐできる対応だ。
そういえば、7月31日、米証券取引委員会(SEC)は、企業が重要情報を自社ウェブサイトやブログで開示することを認める方針を採択した。
これまで同時に同じ内容の重要情報をニュースリリースとして各メディアに発信してきたが、ウェブ2.0時代を迎え、RSSなどの普及で企業サイトはこうしたメディアと同列に扱われる存在となった。ボストンのセミナーで指摘のあった「自社サイトの充実」は見落とせない。
「直接のコンタクト」と「IRサイトの充実」はIR活動の2つの大きな軸なのだ。
◇ライタプロフィール
米山徹幸(よねやま てつゆき)
大和インベスタ−・リレーションズ(大和証券グループ)海外IR部長。近書に「大買収時代の企業情報〜ホームページに『宝』がある」(朝日新聞社)。最近の論文に「『顔の見える情報』を動画配信する」(『PRIR』08年11月号)、「SEC、プレーンイングリッシュの強み」(「月間エネルギー」08年10月号)など。
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