縮小均衡は求められた解なのか--日本の「モノづくり」の原点を考える

永井美智子(編集部)2008年03月14日 08時00分

 今、改めて「日本にとってのモノづくり」とはなにかを問う必要があるのではないか。

 日本の有力家電メーカーたちに、異変が起こりつつある。東芝のHD DVD、パイオニアのプラズマディスプレイパネル製造、三菱電機、そして三洋電機(売却先は京セラ)の携帯電話端末と、それぞれ事業撤退のニュースが続いた。携帯電話端末に関して言えば、ソニーエリクソン・モバイルコミュニケーションズもauへの提供は継続するものの、NTTドコモへの供給について実質的な撤退を検討しているという。

 多くの総合電機メーカーが、数年前のV字回復を目指した時期にでも積極的には行わなかったコンシューマー向け機器事業からの撤退を、このタイミングで相次ぎ発表した。規格競争に敗れたHD DVDを除いた共通点として挙げられるのが、国内向け市場を主戦場とした競争環境そのものの飽和という点である。これは「豊かな衰退の道を辿る日本」という消費者市場を前提としている限り不可避なものかもしれない。しかし、皮肉なことに、コモディティ化(低価格化)という一種の境界線を迎えつつある点は共通するものの、依然としてそれぞれの商品は世界では成長市場である。

 「ガラパゴス諸島症候群」あるいは「パラダイス鎖国」といった表現で語られるような、国内市場に拘泥せざるを得ない状況、あるいはその状況に依存した産業構造に最適化してしまい、他の選択肢を選べなくなってしまったことに問題があろう。しかしながら、これは過去のことであり、今必要なのは、この困難な問題の解決ではなく、この過ちを再び繰り返さないことだ。

 ほかに記憶に新しいのは、シャープとの提携によるソニーの大型平面ディスプレイパネル調達の話題だ。これらについては、海外市場を対象とした共同製造体制の確立であるため、前向きな印象が強い。しかし、実態は冒頭述べた携帯電話端末などの事業撤退と本質的な違いはないのではないか。いずれも、サーファーのごとく、常に最も利益幅の大きな事業領域や商品にこそ注力するのが、家電などのビジネスの本質であるからだ。それが国内市場で耐えきれないから撤退という形になったか、国際市場でのシェアの確保に走ったかの差にすぎない。

 ただしこのことは、日本流モノつくりの本質にかかわってくる。売れて儲かる特定の商品へ集中することは賢い選択のようにも見えるが、たとえ規模を伴ったとしても、実質的には縮小均衡という構図そのものだからだ。

ルールは変わっている

 これまでの市場競争のルールの下では、競争環境が過酷になればなるほど、商品そのものの魅力作り(プロダクトイノベーション)はもちろんだが、製造設備の整備から軌道に乗るまでの期間を短縮し、かつそのコストの圧縮(プロセスイノベーション)を図ることで、利益率を高めていくという手法が採られてきた。また、国内で先端的な商品を開発、提供し、その製造歩留率を高めた商品を製造拠点ごと発展途上市場に移して世界向けの量産を図ることで、地域の経済状況に応じた価格設定を可能にするタイムシフト戦略を成立させてきた。

 しかし、製品を構成する部品が集積化してモジュール単位となり、同時に製造技術の分化と製造機器の寡占が進んだことで、技術の伝播速度が飛躍的に上がった。結果、全世界的に製造技術の同時進化という現象が起き、タイムシフト戦略を採ることが難しくなっている。また、多くの製品が共通のモジュールを採用する傾向が強まり、製品におけるソフトウェアやサービス、あるいはデザインがその特徴を規定する割合が高まった。つまり、ハードウェアそれ自体の価値が相対的に下がってきたのだ。

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