「誰かが言わないと変わらないと思ってるから。それで変わるなら、どう言われてもいいです」――モバイル業界の変革者はこう言って少し寂しそうに笑う。
6月26日に総務省のモバイルビジネス研究会が発表した報告書案は、業界に大きな衝撃を与えた。既存の携帯電話事業者を中心とした垂直統合型のビジネスモデルから、ユーザーが通信事業者や端末、サービスをそれぞれ選べる水平分業型のモデルへと移行させようというのだ。
このモバイルビジネス研究会を指揮した総務省 総合通信基盤局 電気通信事業部 事業政策課長の谷脇康彦氏は、長年情報通信政策に携わり、モバイル業界のオープン化を推進してきた人物だ。今回の報告書案に対する業界からの反発の声も、当然谷脇氏の耳には入っている。
しかし研究会の狙いは既存のビジネスを壊すところにあるわけではない。ユーザーに選択肢を与え、競争を促すことでモバイル市場の活性化と拡大を図る点にある。
今回の報告書についても、さらなる意見を求めるべく7月31日までパブリックコメントを募集中だ。個人でもコメントは提出可能といい、さまざまな角度からの意見や要望を寄せて欲しいと話す。
7月6日には、福岡県のホテル日航福岡で開催されたシーネットネットワークスジャパン主催のイベント「モバイル・ビジネス・サミット 2007」で講演し、報告書案の狙いやここに込めた思いを語った。総務省がモバイル業界の未来をどのように描いているのか、谷脇氏に話を聞いた。
2006年9月、電気通信分野における公正な競争ルールを整備するためのロードマップを「新競争促進プログラム2010」として発表しました。その中で、モバイルビジネスを活性化していくことを打ち出しています。具体的にはMVNO(無線通信回線を他社から借りてサービスを提供する事業者のこと)事業化ガイドラインの見直しや、競争促進のための環境を整備していくことを明記しました。ここから準備をして、研究会が始まったのが2007年1月というわけです。
もっとさかのぼると、2005年10月から2006年9月までの1年間、「IP化の進展に対応した競争ルールの在り方に関する懇談会」を開催し、本格的なIP化時代を展望した電気通信事業分野の競争政策のあり方について検討をしてきました。この懇談会の報告書の中にもSIMロックの解除や販売奨励金の廃止については書かれています。つまり、2年ほど前からこういった議論は進めてきたんです。
垂直統合型モデル自体が悪いわけではありません。ワンストップでユーザーが簡単に利用できるというのはとても良いことです。ただ、市場にそれしか選択肢がないというのは、多様性という点で望ましくないのではないかという問題意識を持っています。
今までのモデルもあっていいんですが、それと並存する形で別のモデルがないとおかしい。固定通信に専用の電話機やPCがないのと同じことです。
役所が「こうなるはずだ」という時代ではありません。ただ、競争が生まれれば当然市場は広がると期待しています。単に端末と通信サービスの市場だけではなく、その周辺、もしくはその上の層――アプリケーションやコンテンツがもっと広がるのではないかという点を模索してみてもいいんじゃないかと思います。
今回の研究会の報告書にも、潜在可能性として2つのことが挙げられています。1つはコンテンツ配信の部分。2004年の調査結果を見ると、日本のメディア・ソフト市場規模は11兆1000億円。そのうちネットワーク経由で配信されているものが6.2%、モバイル向けはわずか2.3%です。ここにはまだまだ可能性があります。
もう1つは法人市場です。すべての機能が盛り込まれた多機能端末ではなく、機能を省いた端末に必要なアプリケーションを搭載していく形があると思います。そうなると2台目の需要が生まれてくるかもしれないし、ある目的に特化したサービスが生まれるかもしれない。
報告書のサブタイトルは「オープン型モバイルビジネス環境の実現に向けて」です。これがキーコンセプトです。固定通信の場合はオープン型になっていて、端末とサービスが切り離されている。どの通信会社と契約していても同じサイトが見られます。ところがモバイルはそうなっていません。
ただ、2010年頃、第3.9世代(3.9G)になれば、モバイルの世界でも通信速度が下り100Mbps程度までいく可能性があります。固定通信も移動体通信も100Mbps程度の通信速度が出る環境で、固定通信はオープンなモデル、移動体通信はクローズドなモデルのまま、両者の融合が進む。そのときに、どっちに寄るかといえばオープンなほうに寄っていくでしょう。そうでないと、ユビキタス環境ですべての端末に携帯電話事業者のブランドがつくことになる。これは違うでしょう。
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