Bill Gates氏がブルームズデーの前日に、かねてから予定していたMicrosoftからの引退を決意したのは全くの偶然だった。ブルームズデーの由来は、アイルランド出身の小説家James Joyceの「ユリシーズ」という題名の小説だ。ユリシーズは、主要登場人物たちが1904年6月16日にダブリンで起こった全く予測不可能な出来事に見舞われる様子を描いた見事な作品で、Joyceのファンは同作品の登場人物の1人であるブルームにちなんで6月16日をブルームズデーと呼んでいる。
Bill Gates氏がJoyceの大ファンか否かは不明だが、彼の人生は今まさに誰も予想できないほどの大変化を遂げようとしている。そして同じことがSteve Ballmer氏にも言える。大学時代からの旧友であるGates氏とBallmer氏のビジネス上のパートナーシップは、恐らくハイテクビジネス史上最大の成功例といえるだろう。
しかし今こそ一度大きく深呼吸し、Gates氏が間もなく慈善事業に専念することの広い意味について冷静に考えるべき時だ。われわれはセレブ文化の中で生きており、当然ながら金持ちや有名人をちやほやする。金持ちの上に有名人であればなおさらだ。その中でも最もリッチな人物の話となれば、どうなるかは容易に想像できるだろう。
Gates氏の退任発表について、世界は当然のことながらMicrosoftに多大な影響が及ぶと騒ぐだろうが、当のMicrosoftにとっては、当初の戦慄が消えた後は、さほど大きな問題にはならないだろう。この点については私の言葉をうのみにせず、Gates氏本人が語った言葉に耳を傾けて欲しい。
Gates氏は記者会見が始まっておよそ10分後に、「これまで私は、必要以上に世界の注目を浴びてきた」と語った。
彼の言葉は間違いなく正しい。
記者会見の後半に、ある記者が、Microsoftがもたらした技術革新の大半はGates氏の功績だと発言した(その時「何が技術革新だ」という野次が聞こえたが、その話は後日することにしよう)。市場はGates氏が数年以内に引退することについて懸念すべきではないのか。
それは当然の疑問だ。Gates氏は2000年に最高経営責任者(CEO)の職をBallmer氏に譲ったが、ジャーナリストたちは依然としてGates氏を同社の最高実力者とみなしている。Gates氏の記者会見に一度でも出席した経験があれば、私の言う意味が分かるだろう。
現実には、Gates氏の引退は、どの大企業にもある通常の世代交代の一環である。Microsoftも最近多くの問題が浮上してはいるものの、大企業であることに変りはない。
今日のMicrosoftは(規模が巨大化しすぎて)機動力に欠けている。およそ7万人の従業員を抱え、約500億ドルの年間売上を誇る現在のMicrosoftには、1975年にGates氏がPaul Allen氏と共同で設立した当時の企業家精神に溢れていた同社の面影はない。現在の同社と言えば、Googleにこれ以上遅れを取らないよう無我夢中で取り組む一方で、将来致命的になりかねないオープンソースソフトウェアの脅威と戦っているのが現状だ。
Gates氏の引退はMicrosoftにどの程度の影響を及ぼすであろうか。Ballmer氏は、長年のパートナーであるGates氏を称える演説をした際、若干涙ぐんでいた。しかし率直に言って、Gates氏がMicrosoftの最高ソフトウェア責任者(CSO)を務めたこの6年間は、同社から素晴らしい技術は生まれなかった。歴史の評価を下すのは時期尚早だが、評価が大きく分かれることは間違いない。
実際、Microsoftの最高技術責任者であるGates氏の目の前でGoogleがあっと言う間に同社を抜き去ったのも単なる偶然ではない。1980年代と1990年代には成功を約束された事業戦略も、インターネット時代にはさほど大きな効果は発揮しなかった。コンピュータの世界ではプロプライエタリなデスクトップアプリケーションへの依存度が低い技術がもてはやされているにも関わらず、Microsoftは独自の世界に長く浸りすぎた。同社の考えはこうだ。「いや、Linuxは脅威ではない。Salesforce.comのようなインターネット上で配布されるソフトウェア製品に未来はない。ウェブベースのブラウザなど、堅固なアプリケーションスイートの代用品としては貧弱だ」
たしかにGates氏にも弱点はあるが、同氏が成し遂げた功績は計り知れない。Microsoftは、数十億ドルの利益を生み出しただけでなく、Windowsプラットフォーム用ソフトウェアを開発する企業数百社で構成される1つの業界を築き上げたのだ。
Gates氏を批判する人は、パーソナルコンピューティングに関する同氏のビジョンの導入に同氏がどれだけ貢献したかを忘れがちだ。良きにつけ悪しきにつけ、依然として同氏のビジョンがまさにMicrosoftの世界を形成している。
今、Gates氏は新たな一歩を踏み出そうとしている。世界の教育や医療を改善したいという同氏の野望は、ビジネスに対するそれと同じくらい強固だ。
著者紹介
Charles Cooper
CNET News.com解説記事担当編集責任者
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