「ワンマン」ではなかった経営
このポータルビジネスが早々と離陸できていれば、今回のような事件には至らなかったかもしれない。しかしポータルというのはきわめて難しいビジネスである。そう簡単にはいかなかった。
ライブドアの組織体制は、決して堀江前社長のワンマンではなかった。基本的には次のような役割分担ができていたとされる。
このメンバーが、お互いに牽制するかたちでさまざまな意志決定プロセスが進み、経営判断が行われるという構造だったようだ。多頭制のガバナンスだったのである。
このなかでメディア事業部を統轄していた堀江前社長は、ポータルビジネスを離陸させるために必死の努力を続けた。2004年初頭ごろの話である。ライブドアの知名度を上げるためになりふり構わず多数の著書を出版し、宮内前取締役の紹介で大阪近鉄バファローズの買収にも乗り出した。タレント活動も行った。
この結果、たしかにライブドアの知名度は以前とは比較にならないほどに向上した。世界のページビューランキングを公開しているAlexaでも、ほとんど圏外だったライブドアが、ヤフーや楽天、インフォシーク、アマゾンなどに続く二番手グループに浮上してきたのも、このころである。
しかし、ポータルビジネスの難しさは、ページビューと売上高が直結しないところにある。私の取材に応じたあるライブドア関係者は「ポータルなどのB2C事業では、顧客に対する価値の提供と代価がイコールにならない。無料サービスがある程度は求められている以上、価値を認められてページビューが向上しても、決して収益には結びつかない。なんとかして顧客を集め、集まった段階で少しずつ黒字化していこうという戦術を立てることになるが、これはある意味でかなり自転車操業になる」と説明している。
これはニューエコノミーの考え方以外のなにものでもない。つまりはネットワーク外部性の法則である。この理論は、カリフォルニア大バークレー校の教授らが書いた書籍「ネットワーク経済の法則」(1999年6月にIDGから日本語訳刊)によって一躍有名になり、瞬く間にネット業界の常識となった有名なロジックである。つまりトップ企業が市場を奪取した途端、2番手以下の企業はシェアをどんどん落としていくことになり、設備などそれまでの投資がすべて無駄になるというものだ。
90年代のネットバブルのころはこのロジックに多くの企業が呑み込まれ、ネット業界は先を争って「無料」「激安」で市場シェアを増やすことに狂奔した。だが考えてみれば、この考え方がすぐに行き詰まってしまうのは明らかだった。あらゆる企業がすべて無料でサービスを提供すれば、1社がシェアを奪うことはできない。逆に消耗戦に陥ってしまい、いつまで経っても売り上げがあがらないという不毛なスパイラルに入り込んでしまう。そして実際、そうした状況に陥る企業は続出した。
長い目で見られなくなった戦略
結果的には、ライブドアもこの呪縛から逃れることができなかったのではないか。
もちろん堀江前社長は、そんなことは「想定内」だっただろう。おそらくポータル事業に進出して以降、おそらく1〜2年は投資フェーズとしてメディア事業部をとらえていたはずだ。そのような長い目で見れば良かったのである。
しかし、堀江前社長がじっくりとことを構えられないもうひとつの要因が、ライブドアの組織の中にはあった。メディア事業部がそうやって苦闘していた一方で、宮内前取締役が率いていたファイナンス事業部は、ライブドア証券の買収などによって飛躍的に売上を伸ばしていたからである。たとえば2004年の決算だけを見ても、同年第1四半期には全体の30%しかなかったファイナンス事業部の売上は、同年第4四半期には全体の60パーセントを占めるまでになっている。
こうした構図から見れば、メディア事業部を統轄する堀江前社長とファイナンス事業部統括の宮内前取締役の間のパワーバランスが、なんらかのかたちで崩れていったことは間違いない。おそらく、その転回点は2004年初頭にあったと私は見ている。この時期、ポータルビジネスが伸び悩むのと同時に、ファイナンス事業部は急成長を遂げ、ライブドア全体の中核事業となっていった。
その一方で、ライブドアはこの時期に六本木ヒルズに移転し、プロ野球への新規参入などで堀江前社長の知名度は上がり、本人自身もタレント活動などの対外広報戦略に軸足を移していく。相対的に社内での宮内前取締役の地位が高まっていったのは当然だった。そしてこのパワーバランスの変化が、結果的にファイナンス部門の暴走へとつながっていったのではないかと思うのである。
もちろん暴走したのは宮内前取締役を中心としたファイナンス部隊だけではない。ある時期からは、堀江前社長もその尻馬にのるかたちで、積極的に脱法行為に荷担していた形跡がある。その罪は、問われなければならない。
それにしても――再び、私は考え込んでしまう。ネットバブル崩壊からすでに6年目を迎え、ライブドアはもう少し巧妙に戦略を立て直すことはできなかったのだろうか? 考えれば考えるほど、残念でならない。
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