4月7日、8日に開催された新経済連盟主催のグローバルカンファレンス「新経済サミット 2015」(NES2015)」。2日目となる4月8日に、「変わる学び方・教え方、変わる教育シーン これからの教育には何が必要なのか」と題したセッションが開催された。モデレーターを務めたのは新経済連盟幹事でドリコム代表取締役社長の内藤裕紀氏。キム・ジョーンズ氏、ピッレ・パリカス氏、漆紫穂子氏の国内外3人のパネリストが、教育界におけるICTの利活用について、現状やメリット、今後の可能性を語り合った。
パネリストのジョーンズ氏は、テクノロジを通して子供の教育環境の向上を目指す、非営利のグローバル・オンラインコミュニティー「Curriki」の共同創立者で、会長兼CEOを務める。Currikiは、全世界で現在1050万人を超すユーザーが登録し、5万9000のオンライン講座を提供している。
ジョーンズ氏は、20年以上にわたってサンマイクロシステムズの幹部を務め、同社で教育部門を立ち上げた人物。マサチューセッツ工科大学(MIT)オープンコースウエア産業・アドバイザリーカウンシルのメンバーを務めるほか、英国産業連盟、気象変動委員会、英国コーポレート・リーダーシップ・グループ、ウェスタン・ガバナーズ大学評議委員会、ジェイソン財団評議委員会、世界銀行研究所顧問委員会など多数のポストを務めた経歴を持つ。
2人目のパリカス氏は、エストニアを代表する教育情報プラットフォーム「eKool(eSchool)」のマネージングディレクターを務める。ekoolは、政府主導のプロジェクトとして2005年にスタートし、のちに民営化された。政府、自治体をはじめ、経営者、教師、保護者がすべて1つのプラットフォームでつながっているウェブサイトベースのシステムで、エストニア国内での普及率は85%にのぼる。
eKoolはプラットフォーム上で、教師の日誌や教材、出欠管理、宿題の進ちょく状況などすべての情報を共有することが可能。これを見れば、保護者は学校に関するすべての情報を把握できるだけでなく、教師側の事務作業にかかる時間の削減にも一役買ったと評価されているシステムだ。
パリカス氏は、エストニアでekoolがここまで普及したのには、教育省をはじめ、現場の教師たちの間に確固たる意思があったからだと振り返る。
「まず教師にコンピュータが配布され、最初は少し躊躇する人もいたが、実際に使われるようになってだんだんとシステムの良さがわかるようになり、勢いがついていった。保護者たちもいろいろな情報を得て、ぜひともやりたいと士気が高まり、今ではこのシステムなしで学校の運用はできないと考えるようになっていった」と言う。
これに対し、3人目のパネリストである品川女子学院校長の漆紫穂子氏は、日本の教育現場にITや先進的な技術が普及しないのには、主に2つの原因があると指摘した。
「1つはあまりにもリスクを考え過ぎること。数年前に総務省で、子どものインターネット活用を考える法案をつくる委員会に出ていた。官庁やPTAの関係者が集まって議論していくと、インターネットは危険だからホワイトリストを作成しようなど、どうしても規制の方向に動いてしまう。
私の考えは、“初めておつかいに出す時の交通ルール”と同じで、信号の渡り方など必要なことをきちんと教えれば、新しい体験が得られるチャンスもあるということ。しかしどうしてもリスクに偏ってしまうという。
もう1つは、学校現場で教える立場にある教員の意識が、ついていけないことにある。ネットにつながったタブレット端末は、それ1つで図書館のような情報量を持つが、教育は教員が今まで学んできた知識を生徒に伝えることで成り立ってきた仕事。それが、Googleに聞けばいい時代になったときに、従来のパターンからなかなか抜け出せないのでは」と漆氏は語る。
一方、教育のIT化を進めていくにあたっては、日本国内でも世界的にも、個々人の学力差や家庭の経済格差といった問題も言われている。これに対し漆氏は、むしろ肯定的な見方を示した。
「ITの活用によって、経済格差による学力格差は逆に縮まってくると思う。例えば月に3万円かかる予備校が、ネット学習なら1000円程度の会費で済む。Currikiのような無料のコンテンツも出てきているし、政府でもタブレットに教科書を入れて1人1台支給する案も出てきている」と漆氏は話す。
さらに、「学力格差そのものについては、タブレットなどを使うとレコメンド機能が可能になるので、個別学習が進み、学習の底上げにもつながる。例えば、数学の授業についていけないため、質問すらできなくてさらに遅れるような状況に対して、学習の底上げが期待できる。逆にもっと勉強したい学習分野については、どんどん進められるので、ここの差は広がっていくと思う。しかし、得意分野についての格差は私はむしろ広がったほうが1人1人の学力が伸びるのでいいと思う。
プラットフォーム上で勉強の得意な子が苦手な子に教えるというのが進み、これからはそういった集合知の時代に入っていく。底上げさえできれば学力格差は広がったほうがお互いを活かし合える」と続けた。
一方、IT教育先進国であるエストニアではこうした格差の問題をどのように解決してきたのか。パリカス氏は次のように話した。
「すべての公立学校がekoolシステムを使っているのがポイント。同じツールを提供することによって、地方の生徒や教師も同じ教材を共有でき、平等に学習し、教えられるのは1つ重要なポイント。もちろん、生徒にはもともと優秀な人とそうでない人がいる。よりヘルプが必要な人にITを通してサービスを提供していくことを、エストニアでは注力していきたい。
また、システムを通して学校をさぼっていないかなどを親もすぐに知ることができ、それに対し対策を立てられる。教育全体においてシステムが非常に役に立っている」
またCurrikiをはじめ、Khan Academyなどネット上で無償の教育、教材の配布が広がっていくなか、今後は学校の位置づけが変わっていくことが予想される。ジョーンズ氏はすでに感じ取っている変化や将来の可能性について次のように語った。
「アメリカの教科書系出版社では、今ソフトウェアのITビジネスをうまく活用して、教科書をどんどん出版しようという動きがある。私もタブレットが次の教科書になると考えている。子どもたちがタブレットを使うことはもちろんリスクはあるが、学ぶことは非常に楽しいんだと言う気付きをもってもらいたい。
教える側もきちんと学習の面白さを伝えるために、必要なパーソナライズをしながら教材を活用し、きめの細かい教育ができることが重要。人それぞれに必要な教材や学習の構成もあり、インタラクティブなビデオやゲームを使ったほうがより高い成果がもたらされる場合もある。こうした変化は始まったばかりだが、これからもっと大きな変化が起きていくだろう」
最後に、これからの日本の教育業界でイノベーションを起こしていくために必要なことや教育現場の在り方についてそれぞれ次のように語り、セッションを総括した。
「大人の人たちが学校に戻ってきて教育に貢献してもらいたい。これも1つの重要なこと。教員免許がなくても学校で教えられるような制度は、ぜひ私も歓迎したい。そういうことができれば、さらに大きな成果が期待できる」(ジョーンズ氏)
「教師に対していろいろなツールを提供できるが、それらが本当に役に立つんだということを認識すること。もちろん、ツールを使うためのトレーニングの提供が基本的な条件になるが、それさえできれば本当に大きな学びの結果が期待できると思う。それから、子どもたちに勉強を無理やりしてもらうのではなく、勉強は楽しいと思ってもらうような環境作りにコンピュータを有効利用してほしい」(ピディ氏)
「学校に最後に残る機能はなんだろうか? これが今まさに私が毎日自分に問いかけていること。今の技術と教育をどう組み合わせていけばいいかをこれから考えていく。その意識改革が必要だ。その上でぼんやりと頭に浮かんでいる像は、Currikiやekoolのようなネット上のコミュニケーションプラットフォームを、学校というリアルな場に作ること。その中でネットとも世界とも近所のおじいさんやおばあさんともつながり、社会人も教えにくるような、新しい共同体のようなものが学校の新しい役割ではないかと考えている」(漆氏)
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