「ネットワークの帯域が限られているという前提が、そもそも間違っている。現在ある技術を使えば、帯域が足りないということはない」――論文「The Rise of the Stupid Network(ステューピッドネットワークの台頭)」の著者として知られるDavid Isenberg氏が5月13日、東京都内で講演し、ネットワークの中立性をめぐる議論について自説を展開した。
「The Rise of the Stupid Network」は、Isenberg氏がAT&Tに勤めていた1997年に書いた論文だ。通信会社は電話を使ってさまざまな機能が利用できるようにする「インテリジェントネットワーク」を目指しているが、そうではなく、ネットワークはただデータを送るだけの「ステューピッド(ばか)」な存在となるべきで、機能はすべてネットワークに接続された機器側に盛り込まれればいい、という考えだ。通信会社の中の人が書いたということもあり、当時大きな話題を呼んだ。
Isenberg氏は、インターネットこそがまさにこのステューピッドネットワークであると話す。「インターネットはシンプル、ステューピッドで、謎など何もなく、ケーブルを挿せばすぐにつながる。しかしこれが、イノベーション(革新)エンジンになっている。インターネット自体に何か特別なことは何もないが、その端に繋がっている端末がイノベーションを起こすのだ」
ただし、通信会社は、自分たちのネットワークが「ステューピッド」になることを嫌う。ただデータを流すだけの「土管屋」になってしまえば他社との差別化が難しくなって価格競争に陥り、自社の利益が減ってしまうからだ。
Isenberg氏によれば、通信会社は「ネットワーク帯域は高価で希少なもの」という前提をもっており、このために通信会社がネットワークを管理すべきだという態度を取っている。そして、一部の人によってこの希少な帯域のほとんどが使われてしまっていることが問題だとして、一部のサービスに対して帯域に制限をかけたり、追加料金を徴収したりしようとしている。これが米国で議論になっている、ネットワークの中立性の問題だ。
しかしIsenberg氏は、ネットワーク帯域が希少だという前提自体が間違っていると話す。例として、光ファイバケーブルを取り出し、「この中には864本のファイバが入っており、1つのファイバは光の波長を利用して160に分割できる。1つの波長で10Gbpsの通信が可能なため、1本のファイバで1.6テラbpsの通信が可能だ。電話回線の通信速度が64kbpsであることを考えると、2〜3本の光ファイバで全米の電話回線をまかなうことができる」と話した。
通信会社がネットワークを制限する背景には、競合への脅威があるとIsenberg氏は指摘する。例えば米大手通信会社のComcastは、PtoPファイル交換サービスのBitTorrentのトラフィックを一部遮断しているとされているが、Comcastの主な収益源の1つがケーブルテレビであることを考えると、「単なる通信帯域の問題ではなく、インターネットビジネス自体をつぶそうとするもの」(Isenberg氏)というわけだ。
「特にイノベーターほど多くの帯域を求める。そしてイノベーターは、通信会社のビジネスを乱す存在なのだ」(Isenberg氏)
しかし、長い期間で見ると、ステューピッドネットワークへの流れは止められないとIsenberg氏は考える。そして、現在は巨大な存在である通信会社も、今後は規模を縮小せざるを得ないだろうと予想する。「ステューピッドネットワークを運営するのに、社内に18もの職級はいらない。新規事業のための新会社を作るか、組織を小さくするか、国営化という道もあるだろう」
CNET Japanの記事を毎朝メールでまとめ読み(無料)
ZDNET×マイクロソフトが贈る特別企画
今、必要な戦略的セキュリティとガバナンス
ものづくりの革新と社会課題の解決
ニコンが描く「人と機械が共創する社会」