ソーシャル時代の到来はマスメディアにもエキサイティング--日米メディアの雄が討論

岩本有平 (編集部)2013年06月06日 15時57分

 朝日新聞社とマサチューセッツ工科大(MIT)メディアラボが開催したシンポジウム「メディアが未来にできること」。第1部では、MITメディアラボ シビック・ジャーナリズム研究者のイーサン・ザッカーマン氏が、「ソーシャルメディアが社会に与えるインパクト」と題して、ソーシャル時代のメディアのあり方や市民と政府の関係について論じた。

 第2部では、朝日新聞社デジタル事業本部長の西村陽一氏がコーディネーターとなり、MITメディアラボ所長の伊藤穰一氏や「ザ・ハフィントン・ポスト」のオンライン放送局である「ザ・ハフィントン・ポスト・ライブ」代表のロイ・シーコフ氏、朝日新聞社 報道局ソーシャルメディアエディターの山田亜紀子氏がパネルディスカッションを繰り広げた。

テクノロジーはメディアをどう変えるのか

西村氏:テクノロジーの進化が、社会やメディアをどのように変えようとしているのか。また、メディアは社会に対して何ができるのかというのが今回の問題意識。(シンポジウムに対して)さまざまなツイートを頂いたが、その1つは「マスメディアがどうなるかではなく、社会に何が必要で、そこにメディアが何をできるのか」という声だった。ほかにも多くの質問を頂いたが、その中で多かった質問の1つが「メディアとは何なの」かというものだった。

 ソーシャルメディアが出てきて、双方向性の時代、議論のフォーラムができる時代、そういう新しい知恵が開かれている時代だと言われる。ザッカーマン氏はメディアの生態系の変化を具体的な事例を元に語った。伊藤氏の、「オープンなネットワークの集合知をいかに引き出すか」といった話も印象に残った。


朝日新聞社デジタル事業本部長の西村陽一氏

 人、モノ、社会がデジタル化の影響を受けるに従い、広義のメディアが力を持ってきている。そんな構造の中でメディア、私たちができること、ジャーナリズムができることを考えたい。テクノロジーによる社会の変化、そしてその社会の特徴とは何なのか。「Safecast」(東日本大震災の被災地の放射能マップを作る、伊藤氏も関わる市民プロジェクト)にも関わっていた伊藤さんに口火を切っていただきたい。


MITメディアラボ所長の伊藤穰一氏

伊藤氏:クラウドファンディングやクラウドソーシングは情報やお金をネットワークから集めるというものだった。一方でSafecastは行動力やリソースを集めるというもの。通信やモノを作るコストが下がったので、インターネットによってオープンソースのような形の社会活動ができるようになったと思う。

 日米の温度差はあるが、「オープンガバメント」という考えがある。どこの道に穴が空いている、バスが何時に来るといった(公開された)データをもとに、比較的素朴なアプリケーションを作っている人が米国では出てきている。日本でも国のデータを使ったアプリケーションも出てきている。それが比較的ポジティブで批判的ではないものが生まれてきているので注目している。

 米国では、若いエンジニアたちが市町村などの「現場」に入ってモノを作るというコラボレーションがうまく起きてる。そういう動きも日本で起きそう。トップダウンではなく、現場とのコラボレーションが市民の活動としてボトムアップからできてきている。

震災以降のメディアの変化

西村氏:3.11、東日本大震災以降の社会の変容を教えて欲しい。

山田氏:個と個が繋がることが当たり前に起きるようになった。またマスメディアでできること、できないことが明らかになってきた。たとえば被災者の人を探すのに、Googleの「Person Finder」を利用したと思うが、マスメディアもサイトにそれを取り入れた。

 新聞社が細やかな情報に対応していくのは難しい。ボランティア情報なども皆さんが作り出していった。それをマスメディアが使うというようになってきた。


朝日新聞社 報道局ソーシャルメディアエディターの山田亜紀子氏

 朝日新聞社も180のTwitterアカウントを持っていたが、それが増えたのは3.11以降。紙の新聞を被災地に届けるのは難しいが、Twitterなら届けられる。また、避難所で困っていること、知りたいと思っていること、個人の生活情報、交通情報などはやはりソーシャルメディア、ネットに向いている。それを組み合わせていかなければならないと考えるきっかけになった。

西村氏:伊藤さん、変化の例の中で「Agile、機動性」という言葉があった。米国から見て、日本のボトムアップからの動きをどう思うのか。

伊藤氏:日本政府の被害対応を見ると、ペルーで人質事件(1996年に起きた在ペルー日本大使公邸占拠事件)があった際、(政府に)プランがなかった。そのとき、一番(現場を)分かっている人を集めて計画を立てたが、「気前がいいし判断もいい」と評価された。だが、阪神大震災もそうだが、プランをすればするほどうまく機能しなかった。

 日本人は国民性としてAgilityというのは根本的には入っている。あまり企画しすぎると詰まってしまう。堅くなっているところをほぐせばいい。

多くの情報源を「編集」することの意味

西村氏:ハフィントン・ポストは、社会の変化をどん欲に吸収してきた新しいメディア。その一方で、日常的に集めている情報の信頼度をどう担保しているのか。

シーホフ氏:「ニューメディアは信頼性が低い」という“神話”がある気がするが、実はそうではないと思う。多くの情報源があるからこそ、アグレッシブに情報を精査しないといけない。

 私自身は情報は多ければ多いほどいいと考えている。ジャーナリストにとって重要なのは現場に行って「検証」すること。現場に行った専門家にその様子を教えてもらうことと、現場にいた一般の人たちがビデオなどで情報をそのまま伝えること、どちらがいいかといえば後者だと思う。だが、両方を使っていけないわけではない。

 ボストンマラソンのさなかに起きた爆破事件では、相当数の情報が流れた。情報は伝統的なメディアのものか、ソーシャルのものか、二者択一ではない。両方だっていい。(地元メディアの)ボストンポストは活躍した。また、警察なども多くの情報を持っていた。しかし多くの情報はソーシャルメディアから得られた。「私の玄関の前でこんなことが起こっている」と動画を投稿する人もいた。

 求められるのは編集的な判断。ソーシャルメディアで誰をフォローするか、それも自分で決めている。みんなが編集者になる。

西村氏:フィルターバブル(自分の見たい情報など、偏った情報の“泡”にくるまれている状態)や、サイバーカスケード(ネット上のコミュニティなどで、意見が偏向される状態)といった言葉がある。これは一時的なものなのか。

シーホフ氏:これは、ニューメディア、ニューテクノロジーの最たる例。メディアが民主化している。今までは一元化、もしくは1つ2つしか(視点が)なかった。たとえば6秒のビデオを撮れる「Vine」などが示すように、メディアの民主化が起きた。

 私がやっている「 ハフィントン・ポスト・ライブ」はライブストリーミングネットワークだ。85カ国9000人のゲストに参加してもらっており、そこにはSkypeなどでも新たな人に参加してもらっている。そうすると、そこで議論、会話が発生する。

 ある時、テレビには出ないようなニューメキシコの貧困層の女性が登場して自分の視点で(状況を)語った。それによって、フィルターバブルを打破した。私たちは自分の(自分と同意する)意見しか見たくない。だがこういったディスカッションに参加することで打破できるものもある。

山田氏:ハフィントン・ポストが機械による編集を取り込んでいると聞いている。「自分が何かを選んでいる」というもの以上に「機械に進められている」というものが出てきているが、メディアとしてどう(手動と機械の)バランスを取っているのか。

シーホフ氏:ハフィントン・ポストは機械で編集していない。2008年にサービスを始めたときには、「機械に、アルゴリズムに決めさせた方がいい」という人もいたが、最も重要なストーリーは我々が決めることにした。

 数年前、「ポータルが死んだ」「キュレーターの時代だ」という議論が起こった。しかし、実際には情報の大洪水があり、オーディエンスから「助けて」と言われている。玉石混淆の状態から(読むべきものを)区別して欲しいとなった。これはエディターの重要性が増してくるということ。

西村氏:信頼性やフィルターバブルの問題に加えて、「いかにアジェンダをセットするか」という話について聞かせて欲しい。

シーホフ氏:ソーシャルメディアはツールに過ぎない。そこで重要なのはエディターの判断。これは前から変わりがない。

 (第1部でイーサン氏が)テレビは一方向、今は双方向になったと言ったが、我々はストーリーを書き、「みんなどう思う」と聞き、そこからアップデートし、意見が集まる。これはスピードではなくエネルギー。そうして多くの人が1日10回以上アクセスすることがエキサイティング。新聞が朝届いて終わるのではないということ。

伊藤氏:イーサンの研究の中で、(ソーシャルメディア上に流れる)言葉の中身を見て、「どこのタイミングで議論が変わったか」を調べている。たとえば「白人が黒人を殺した」という事件があったとき、最初は事件に関する話が続くが、何週間か経つと、政治的な意図を持った人が議論に参加し、その議論のフレームをいじる。そうなるとマスメディアが「もう1回書ける」となる。

 このように、事件から比較的時間が経つと、戦略的にメディアをいじっている人がいる。ソーシャルメディアの時代になると、そんなにお金をかけなくても、(論調を)操れることが増えてきた。

 ブログ以前、ネット以前からマスコミを突っつくアマチュアというのはいたが、それが磨かれてきた。

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