iPhoneの日本展開が難しい本当の理由

 放送通信産業に変革の波がいよいよ訪れることになりそうだ。その波は、まずモバイルへ到達する。そしてこれまでは別の産業としてみなされてきた放送と通信を一括りにして取り扱う法体系の確立により、両産業領域全体を飲み込んでいく。

iPhoneが日本では難しい理由

 米国時間6月29日の午後6時。Appleの携帯電話「iPhone」がApple直営店と提携先のAT&Tの約2000の店頭で発売開始された。初期出荷台数は100万台ともいわれるが、その売れ行きは非常に好調だ。Apple CEOのSteven Jobsが目論むように年間1000万台のiPhoneが全世界に出荷されるようなっていけば、年間10億台の携帯電話市場の一角を数年のうちにAppleが占めるようになってもおかしくはない。ただし、そのAppleの野望に日本市場が貢献することはないだろう。なぜならば、現状の日本では携帯電話通信会社がいかに興味を示そうとも、制度上、米国同様の形式でiPhoneが販売されることは難しいからだ。

 日本でのスマートフォン市場は決して大きくない。ウィルコムやソフトバンク・モバイル、NTTドコモがMicrosoftのWindows MobileをOSに採用した端末を採用しているものの、その利用者は極めて限られている。欧米におけるビジネスマン御用達端末BlackBerryなどスマートフォンの普及状況とは大きな違いだ。しかし、日本でiPhoneの展開が難しいと言っている理由は、これまでのスマートフォンの市場規模のせいでも、あるいはAT&TがiPhone利用者に提供する廉価な完全定額パケット料金プランのせいでもない。

 それは日本の携帯電話産業の構造的な状況を鑑みたとき、自社/製品のブランドを直接管理することを重視するAppleが直接iPhoneのマーケティングを行っていくことが日本市場では困難だからだ。なぜなら、PHSを含むすべての携帯電話端末は通信会社に買い取られ、多くはそれら通信会社のブランドで販売されるという商習慣が確立されているからだ。

 それだけではない。携帯電話通信会社が販売する携帯電話端末は、携帯電話通信会社の提供するサービスに最適化されているため、後述するSIMロックを解除したところで、他の携帯電話通信会社のサービスをそのまま使うことは困難になっている。

 iPhoneは米国で最大シェアを誇るAT&Tのネットワークを利用するものの、基本的な通話やSMSなどの通信サービスを除き、提供されるサービスの多くはAT&Tには帰属しない。一部サービスの使用料は通信料金に追加されるものの、それらは飽くまで代理徴収に過ぎず、サービスの内容をAppleや今後公開されていくであろうAPIを活用した事業者が随時変更したり、追加していったりすることに対して、非常に柔軟に対応できる。そう、日本人がイメージする携帯電話ではなく、むしろインターネット端末なのだ。

 そのため、先に指摘したようなAppleのポリシー、あるいはiPhoneが採用している通信方式が日本では提供されていないGSMであるといった技術的な差異よりも何よりも、日本の携帯電話端末とは異なる発想でデザインされたガジェットであることが日本での展開を困難にする可能性が高い。

大きな制度変化の兆しが見えてきた

 しかし、iPhoneをぜひ日本でも使いたい!と思う読者のみなさんには朗報がある。

 総務省が催す複数の研究会が、放送通信領域のさまざまな制度改革の在り方のイメージを6月後半に揃って発表してきている。それらは中間取りまとめや報告書案として発表されており、今後の議論や寄せられたパブリックコメントによって、内容が変化する可能性はあるものの、例えば「iPhoneを日本でも利用しやすいように業界構造は変化するべきである」という方向性を明確に打ち出してきているのだ。その延長で提言が実現すれば、iPhoneが米国同様の体制で日本に登場する可能性が高まるだろう。

 もっとも大きな流れを示したものとしては、6月19日に公開され、現在パブリックコメントを受け付けている「通信・放送の総合的な法体系に関する研究会」の中間取りまとめ案がある。これまで別々の領域として法制度が作られてきた通信と放送の領域を、一つの「情報通信法(仮称)」でまとめて取り扱うとした。そこでは、政府の「総合規制改革会議」で今世紀初めに提示されて関係業界に大きな衝撃を与えた「横割り」モデルと全く同じ3層レイヤーモデルに沿った法体系が提案されている。放送通信を構成する産業構造を、コンテンツ、プラットフォーム、そしてインフラ(ネットワーク)という異なる経済の性格を持ったレイヤー(層)からなるものとして捉え、これらを垂直統合していた放送と通信の区分はなくし、レイヤーごとに規律を定めるという発想だ。

 総合規制改革会議で広く一般にも示されるようになった情報通信のレイヤーモデルは、通信事業者にとっては親しみがあっても、放送事業者は以前から嫌っていた「ハードソフト分離」を更に推し進めたものとして捉えた。このため、強い反感を買ったという経緯があった。

 しかし、その後、欧州などの先進国でレイヤーモデルに則った法体系が導入されたという事実や、ブロードバンドの普及に伴い、いよいよ放送通信領域の境目がなくなってきたことなどを鑑みると、以前ほどの反発は起こらないのではないか。

 今回提案されているレイヤーモデルは、非常によく練られたものだ。総合規制改革会議で提案されたそれとは若干異なり、既存の事業者により受け入れられやすいように変更を加えてあるようだ。本来、異なる経済モデルを有する領域ごとにレイヤーを区切り、コンテンツへのメディアからの縛りを解き放つことでより柔軟な流通を促進することなどを目論んだにもかかわらず、今回、放送などの既存放送メディアを「特別メディアサービス」として分類し、すべてコンテンツとして扱っている。このような、メディアと産業レイヤーの概念の混在が気になるところではある。

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