「衛星データ」ビジネスは投資フェーズから成長フェーズへ--認知と事例の拡大が展開の鍵に

 朝日インタラクティブが運営するITビジネスニュースメディア「CNET Japan」と宇宙ビジネス専門メディア「UchuBiz」は5月17日、共同でオンラインカンファレンス「Space Forum 無限に広がる宇宙ビジネスの将来」を開催した。

 その中で「衛星データを活用したビジネス」を論じたのは、Ridge-iの代表取締役社長である柳原尚史氏、天地人の代表取締役である櫻庭康人氏、Space DBの代表取締役社長である永崎将利氏だ。

キャプション
Space DB 代表取締役社長の永崎将利氏(上段左)、Ridge-i 代表取締役社長の柳原尚史氏(上段右)、天地人 代表取締役の櫻庭康人氏(下段左)

 当日はまず、モデレーターをつとめた永崎氏が、宇宙ビジネスという幅広い分野での衛星データの立ち位置を簡潔に整理した。次にRidge-iと天地人の2社が最新事例を紹介して、最後に3者でのパネルディスカッションが行われた。

 永崎氏は、2017年9月に日本初の「宇宙商社」を立ち上げて、設立9カ月でJAXA初の国際宇宙ステーション民間開放案件「超小型衛星放出事業」の事業者に選定されるなど、宇宙商業利用のリーディングカンパニーとして宇宙の基幹産業化に挑んでいる。

 永崎氏は、“物理的空間別”に5つの分類で、宇宙産業の全体像を整理した。人工衛星やロケット、付随機器など「地上でのものづくり」、ロケットや国際宇宙ステーションの輸送船など「宇宙空間への輸送」、地球観測やデータ解析などの「衛星データ利用」、国際宇宙ステーションの商業利用に代表される「宇宙空間の利用」、さらに月での水資源開発と利活用などの「探査・資源開発」だ。

 スライドには青字で、「宇宙産業に対して掛け算として既存の地上の産業がどう関わっているか」を示して、さまざまな業界が宇宙ビジネスへの関わりを求めて次々と参入していると説明した。


 このように5つの分類で市場規模を再定義すると、世界全体で約40兆円あるうち、衛星データ利用ビジネスはその34%を占めるという。永崎氏は、「衛星データビジネスの中にも、通信衛星、GPS測位など、いろいろな領域があるが、本日のセッションは、この衛星データの中でも“地球観測”がテーマになる」と説明して、Ridge-iの柳原氏と天地人の櫻庭氏にバトンを渡した。


Ridge-i の衛星データ利活用の最新事例

 Ridge-iは、創業6年目、38名の正社員のうち7割がディープラーニングのエンジニアで、JAXAやトヨタなどにAIの技術を提供して新しいソリューションを作ることを生業にしているという。「もともとの事業の軸はAI。4年前に衛星というマーケットを見つけて参入した」(柳原氏)


 主要な事業には、ごみ処理プラントでAIを活用して、完全自動化を図るシステムなどがあり、そこで培った技術を衛星データ解析に適用しているという。



 同社は、衛星を打ち上げて、そのデータの取得者からデータの提供を受けて、それを解析するという立ち位置だ。柳原氏は、「グローバルでの競合としては、Orbital Insight(オービタルインサイト)を挙げることが多い」と説明した上で、衛星画像解析やドローン画像解析でAI技術を活用した事例は多数あることを示した。土砂崩れの発見や環境災害の検知など幅広い。

キャプション

 最近行ったNHKとの共同調査では、ミャンマー軍によってチン州の家屋がどれくらい焼かれてしまったかを、衛星画像を複数見比べてAIで自動的に可視化する技術を提供した。また、JAXAからの委託では、土砂崩れが発生した地域をAIによって検出した。


 さくらインターネットと駐車場のシェアエコノミーを手がけるakippaとの共同事例では、福岡と札幌において駐車場として使えそうな土地を抽出するアルゴリズムを提供した。


 特殊な事例としては、解析結果ではなく、前処理へのAI活用もある。光学データの影で隠れてしまった部分をノイズとして除去して、その中にうっすら残っている正しいデータを復元するようなアルゴリズムを提供することで、人間による目視判断を簡易化する技術を提供した。


 これと同様の技術を使って、例えばカリフォルニアの森林火災の下で隠れて燃えている部分を、可視光外のデータを組み合わせることで可視化した。柳原氏は、「人の目では惑わされてしまうようなノイズや状況も、AIを使うことで楽に判読できるようになる」と技術の価値を説明した。


 また、衛星レーダー解析SARを使って、モーリシャスの重油流出を検出した事例もあるという。

キャプション

 現時点ではビジネス用途よりも環境問題に取り組んだ事例が多いが、こうした活動が国に認められ、宇宙開発利用大賞を2回連続で受賞している。


 最後に、同社が衛星データビジネスに取り組んでいる理由について、柳原氏はこのように話した。「衛星データのトレンドにはAIと強みと相性が良い。例えば、光学とSARという2つがあるが、人間が両方のデータを使うのは難しい。そこでそれぞれ長所、短所を組み合わせてAIが解析すると、何か新しい知見が出るのではと考えている」(柳原氏)


 具体的な観点はこうだ。まず、見やすさ、判読のしやすさでは光学が有利だが、SARでは水分や建物材質の違いなどを見つけられるという。


 また、衛星データマーケットで最も大事なのは「コンステレーション」だが、観測頻度が急増中であることにも着眼したという。EOブラウザーなど、政府中心に作られたデータプラットフォームによって取得できるデータが急増しており、「光学×SAR」のみならず、衛星データと国土地理院のデータ、人流統計のデータなど、多様なデータを組み合わせて解析する必要性が出てくる。ここで同社の強みであるAIが生きる、と衛星データ解析のマーケットに踏み込んだという。


 そのうえで柳原氏は、「現時点では、残念ながら官需で成り立っているマーケットだ」と、衛星データマーケットの特徴にも言及した。「衛星データ取得事業者であるMaxar(マクサー)の売上の4割以上が防衛安全保障用途であることを考えると、民需のニーズはすごく期待されていながらも、まだまだ出てきていないと言える」(柳原氏)

 また、衛星の種類はとても多く、さらに増え始めているなかで、衛星データ活用に興味がある事業者にとっては「どの衛星が自分の関心のあるデータを取得しているのか」という、シンプルな問いにも回答が見つかりづらい。


 コストの問題もある。目的によっては、衛星以外のセンサーを使う必要もあるし、衛星画像の価格自体が非常に高い。高分解能なら1平方キロメートルあたり30ドルする場合もある。最低購入面積にも注意が必要だ。



 柳原氏は、「こうした現状を踏まえると、衛星画像を購入・販売する、というビジネスモデル自体が、衛星の利活用を狭くとどめてるのではないか」と問題提起して、同社が開発した無料で使える全地球変化検出サービス「GRASP EARTH」を紹介した。建物の増減や、地盤沈下の推移、森林の伐採状況などを、衛星データを時系列で比較して変化を示し、可視化できるツールだ。先に紹介した「NHKスペシャル」でも同じ技術を使ったという。


 柳原氏は、「このような形で、地球上の変化を無償で見比べるツールを提供して、マーケットとの対話を重ねていくことで、ビジネスニーズをマーケットとともに見つけていく、そんなフェーズではないか」と話して事例紹介を終えた。

天地人の衛星データ利活用事例

 JAXA スタートアップの天地人は、内閣府主催の宇宙ビジネスコンテストでのトリプル受賞をきっかけに、2019年5月に会社を設立した。櫻庭氏は、「地球から宇宙を見るのではなく、宇宙から地球の環境を見てどう生かすかに焦点を当てて事業をしており、人類の文明を最適化するというミッションを掲げている」と話した。


 課題意識を向けているのは、「気候変動」だ。「異常気象の発生率も増えているし、農業では栽培適地がどんどん北上して、従来のように作物を作ることが難しくなってきている」(櫻庭氏)。


 これと連動して、「経済リスク」にも変化が生じているという。「企業価値の基準が変わっていくという点は非常に重要であり、企業も関心を寄せているところだと思う」(櫻庭氏)


 このように、さまざまなトレンドキーワードが飛び交うなか、天地人は衛星データを使って、未来を共に創るソリューションを提供していくことを目指すという。


 「衛星の数は、ここ10年以内で8〜10倍増えると言われている。この衛星データを活用してビジネスにどう活かすのかは、これからチャンスが大きい分野だと考えている」(櫻庭氏)


 このようななか、天地人が得意とするのは気象系の衛星データだ。ピンポイントの地表の温度、降水量、そこにSARや光学などの衛星から取得できるデータや、地上のデータなどを掛け合わせて分析している。


 「事業に影響する気象データは多い。なかでも天気や気温は非常に重要なパラメーターだが、実際の使い方が分からない、専門人材がいないということが、障壁になっている」と櫻庭氏は話した。


 そこで天地人では、専門人材がいなくても、複雑な知識がなくても使えるソリューション「天地人コンパス」を開発して、いまは特定の企業などから提供を広げているという。

 「天地人の名前の由来は、天は宇宙のデータ、地は地上のデータ、人は人のノウハウ。複数のデータをかけ合わせて、実際に専門の方が分析して、それをビジネスにどう生かすかまで、1つの企業が社内で行うのはとても難しいと思うが、我々はそれを1つのソリューションとして提供している」(櫻庭氏)



 すでに農業系、エネルギー系、インフラ系などの20社以上が導入した。適地探し、効率化、気候変動に体操した栽培方法の確立など、さまざまな企業と連携しているほか、最近では豊田市での漏水可能性区域の検知の実証実験にも参画しているという。

 さらにグローバルにも展開しており、サービス提供開始時から売上は約6倍以上に、分析エリアも3大陸14カ国以上に拡大した。



 櫻庭氏は、「実際に衛星データをどうやって使うのか、という問合せもかなり多い。天地人は、活用方法についてもサポートしながら、サービスの提供まで共創していけたらと思っている」と話して事例紹介を終えた。


「認知と事例の拡大」が、衛星データビジネス普及の鍵に

 最後に、永崎氏、柳原氏、櫻庭氏によるパネルディスカッションが行われた。「衛星データビジネスが成立する要諦」を、永崎氏が中心となり多面的に掘り下げた。

 まず永崎氏が、「ビジネスとしてはどう成り立っているのか」と両者に話を振ると、柳原氏は「我々はまだ投資フェーズ。事例を発信するために、投資として手がけた事例も多い。最初の2〜3年は、AI解析とコンサルティングという本丸の事業があるからこそやれていたが、ようやく宇宙の解析事業で会社が成り立つフェーズに入ってきたと思う」と話した。

 櫻庭氏も、「うちも投資している部分が大きい。というのも、やるなら世界を目指して、スケールのスピードを速くしたいと思っている。どんどん投資して、業界としての認知が広がれば、活用事例も増えていくと考えている」と話した。

 これを受けて永崎氏は、「私は宇宙における総合商社ということで、衛星を打ち上げるサービスなど、ハードウェア寄りのビジネスにいるが、よく儲かるのかと聞かれる。現状ではハードの領域でも黒字化しているという話はあまり聞かない。衛星データビジネスの大半が官需という話もあったが、利益化している会社はあるのか」と尋ねた。

 柳原氏は、「官需向けに衛星解析やシステムを手がける方たちは山ほどいる。彼らは収益のある事業として成り立つからこそ、何十年とできているのだと思う。ただ、衛星画像を販売することが収益源のため、解析という付加価値だけを取り出した場合に、収益化できるのか?という点ではまだまだチャレンジが多いと見ている」と答えた。

 永崎氏は、「コストにマージンを乗せて国に買ってもらうという構造は、衛星やロケットなどのハードウェアでも同じような面がある。国がやりたいことに対して納入し、収益化することだと理解している」とした上で、櫻庭氏に「競合はどこか」と別の角度から質問すると、櫻庭氏は「Ridge-iと同じく、Orbital Insightは一番有名だし、成功事例としてよく参考にしている」と回答した。

 また永崎氏は、「ビジネスとして成立させるに当たって、足りないピースだと感じる課題には、どのようなものがあるか」と両者に聞いた。実は柳原氏と櫻庭氏は飲んだりする仲だということで、普段からこうした議論を共有していたようだ。

 「民需のマーケットでは、払った対価に相応するベネフィットが常に感じられるような利用事例が定まっていないことが課題。我々は活動として、“刺さる事例”を頻度高く発信することを大事にしており、法人の方々とも対話をしている」(柳原氏)

 「私も事例が少ないことと、認知が低いということが課題だと捉えている。認知と事例をどんどん作っていくことが大切だと考えている」(櫻庭氏)。

 二人の回答を受けて、永崎氏は下記のように答えて、視聴者からのQ&Aにも話題を転換した上でセッションを締め括った。

 「ハードもまさに一緒。宇宙を使って経済価値を産んだ事例が顕在化していないことが最大の問題だと思っている。事例が可視化されて“じゃあうちもやろう”みたいなサイクルが回り始めると、変わっていくのだろうな、というのが私の課題意識だったので、お二人からも同じような話をいただけて、我が意を得たりという感じがした」(永崎氏)

CNET Japanの記事を毎朝メールでまとめ読み(無料)

-PR-企画特集

このサイトでは、利用状況の把握や広告配信などのために、Cookieなどを使用してアクセスデータを取得・利用しています。 これ以降ページを遷移した場合、Cookieなどの設定や使用に同意したことになります。
Cookieなどの設定や使用の詳細、オプトアウトについては詳細をご覧ください。
[ 閉じる ]