Amazonの創業者ジェフ・ベゾス氏が2021年2月2日、今期3QでCEOから退任することを発表しました。
1994年7月創業の同社は、1997年5月に時価総額4億2900万ドルでNASDAQに上場し、1997年12月期の売上高1億4800万ドル、粗利益2900万ドル、1999年12月の売上高16億4000万ドル、粗利益2億9000万ドルから2000年のドット・コム・バブル崩壊を経て2009年12月期の売上高245億ドル、粗利益11億3000万ドル、2019年12月期の売上高2800億ドル、粗利145億ドルまで成長を続け、そしてコロナ禍の需要拡大を受けて2020年12月期には売上高3860億ドル、粗利益229億ドルまで劇的な大躍進を遂げています。2021年3月5日の時価総額は1.51兆ドルにも上ります。
このような絶え間ない成長を可能とした原動力はなんだったのでしょうか。ベゾス氏が退任を告げる全社員向けの電子メールの中にその答えが書いてあります。「発明」です。カスタマーレビュー、1-Click、レコメンデーション、即日配送、キンドル、アレクサ、クラウドインフラなど数々の発明がAmazonの成長を可能にしたと述べています。特に印象的なのが次の一文です。
“If you get it right, a few years after a surprising invention, the new thing has become normal. People yawn. And that yawn is the greatest compliment an inventor can receive.”(上手くいけば、驚くべき発明から数年後には、それも人々があくびをして聞くような普通のことになります。まさにそのあくびが発明者に対する最大の賛辞なのです。)
「驚くべき発明とはあくびが出るようなもの」というこのメッセージはどう理解したらよいか、過去のベゾス氏の発言が参考になります。ベゾス氏は20年前、1-Click特許の権利行使によって米国でソフトウェア特許を巡る大論争を巻き起こしました。その際、発明というものに対する認識を示しています。1-Clickとは、Amazonのオンラインストアで購入したい商品のページでクリックを一度するだけで購入手続が完了する機能として有名ですね。
1997年9月に1-Clickの発明について米国特許出願を行い、1999年9月に特許権第5960411号が成立すると、Amazonは、同様の機能を1998年5月から導入していた全米最大の書店バーンズ&ノーブル(当時)に対して直ちに特許権侵害訴訟を提起し、1999年12月に差止仮処分の決定を勝ち取ります。この事件について、1-Clickのようなシンプルなコンセプトを特許の対象としてよいのか大論争となりました。批判の急先鋒であったO’Reillyのティム・オライリー氏とのやりとりの中でベゾス氏は次のように述べたとされています。
“The significance of an invention isn’t how hard it is to copy, but how it reframes the problem in a new way.”(発明の意味は、いかにそれがコピーしにくいかではなく、いかに新しいかたちで課題を捉え直すかにあります。)
1-Click特許が簡単に実装してコピーできるようなものであるかどうかが問題なのではなく、1-Clickという機能が解決すべき課題を正しく捉えたことに意味があるのだと述べています。発明の内容を知った上で後からコピーできるかどうかではなく、そのような発明の課題認識とそれに対する具体的解決手段を見出したことに価値がおかれているのです。
「発明」をこうしたものとして認識していることを踏まえて最初の文章を改めて読むと、意味のある発明は、解決すべき課題を新たな視点で捉え直すものであるから、そのような着眼点が世に驚きを与えると同時に、広く受け入れられるためには、後からみてコピーすることが簡単なあくびが出そうなほどにシンプルなものであるという解釈が成り立ちます。
さらに、Amazonが上場した1997年12月期以来、ベゾス氏は毎年年次報告書に合わせて株主宛のレターを書いていて、その中で繰り返し「発明」という言葉が用いられています。たとえば、2009年12月期のレターでは次のように発明と顧客の声の関係についてAmazonの姿勢を述べています。
“Listen to customers,but don’t just listen to customers – also invent on their behalf.”(顧客の声に耳を傾けよ。しかし、ただ聞くだけではなく、彼らに代わって発明をせよ。)
顧客の声に耳を傾けつつ、誰も考えなかった驚くべき着眼点で顧客の課題を捉え直し、人々があくびをして退屈するほど分かりやすくそれを解決する。ベゾス氏の過去の発言を辿って紐解くと、あくびの比喩は、このような意味として理解することができます。
数々の発明を生み出したベゾス氏から、その一つの極意を学び取ることができるのではないでしょうか。
大谷 寛(おおたに かん)
弁理士
2003年 慶應義塾大学理工学部卒業。2005年 ハーバード大学大学院博士課程中退(応用物理学修士)。2006-2011年 谷・阿部特許事務所 。2011-2012年 アンダーソン・毛利・友常法律事務所。2012-2016年大野総合法律事務所。2017年 六本木通り特許事務所設立。
2016年12月-2019年12月 株式会社オークファン社外取締役。2020年1月-2021年2月 マイクロ波化学株式会社知的財産室長。
2017年4月-2019年3月 日本弁理士会関東支部中小企業ベンチャー支援委員会ベンチャー部会長。
2019年4月 ベンチャー知財研究会主宰。
2014年以降、主要業界誌にて日本を代表する特許の専門家として選ばれる。
事業を左右する特許商標などの知財形成をスタートアップの限られたリソースの中で実現することに注力する。
Twitter @kan_otani
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