ソーシャルグラフの将来像--「もう一つの社会」が浮かび上がる - (page 2)

山崎徳之(ゼロスタートコミュニケーションズ)2008年02月14日 15時56分

 ところで、ネットの最も良い点の一つは空間的な制約を受けないことです。リアルな世界では時間と空間の制約を受けざるを得ませんが、ネットでは時間の制約はあっても空間の制約はありません(極小というほうが正確かもしれません)。

 もう一つ、ネットの良い点として匿名性というものが挙げられます。もちろん、完全な匿名性を求めると逆にそこにはアイデンティティーがなくなりますが、リアルな世界に対して一対多の(複数の)人格を対応させることができます。

 身近な例で言えば、会社のPCと自宅のPCでAmazonのサイトを見た際に出てくる「おすすめ」の内容というのはたいがい違いますが、これは会社における人格と自宅における人格が異なることの良い例です。

 このように、ネットにはリアルな世界では得られない自由を得ることが、言い換えるとリアルな世界の制約を受けないことが可能になります。

 つまり、ネット上ではリアルな世界よりも(制約が少ないことによる)、より本質に近い社会を形作ることが本質的に可能となります。

 もちろん、時間的な制約、金銭的な制約、情報処理能力の限界による制約といった制約は引続き存在しますが、相対的にはネットにおける社会のほうが潜在的にはより自由であることは間違いありません。

 ここで「潜在的」と言うのは、ネット上に十分なコンテンツとキャパシティーがあるかどうかという問題があるためです。

 いくらネットのほうが自由だとは言っても、十分なコンテンツ、キャパシティーがなければそもそもそこに社会を形作ることなどできません。

 それが、ここ数年のソーシャルメディアの発達によって、以前に比較すれば相当多いコンテンツとキャパシティーが得られるようになってきていますので、以前では不可能だったネット上での社会の形成というものがより現実的になってきていると言えるでしょう。

 そして、より制約の少ないネット上でのコンテンツやキャパシティーが増加しているがために、ソーシャルグラフという考え方が重要になってきていると言えます。

 ソーシャルグラフは手段であり、目的ではありませんから、ソーシャルグラフ自体がどうのこうのを考えてもあまり意味はありません。

 それよりも、ソーシャルグラフという概念によって、ネット上に現出する(リアルよりも制約の少ない)もう一つの社会こそが目的であると言えます。

 少し話は変わりますが、人間が認識できるあらゆる情報は、脳というフィルターを通したものだけです。

 視覚的な情報にしても、聴覚的な情報にしても、世の中(社会)の情報がそのまま100%過不足なく認識できているということはなく、脳によって取捨選択され、時には改竄された情報しか、人は認識することができません(というより、脳というフィルターを経た情報しか認識しなくて良いこと自体が自己防衛であると言えます)。

 社会というのは人が認識する情報の集合です。客観というものが幻想であるように、完全に共有される社会というのもまた幻想です。

 そしてそれは、リアルな社会でもネット上の社会でも同じです。ただ現実にはリアルな社会のほうがはるかに情報が多いために、人が認識する社会というのはリアルな社会のことを指しています。

 ところが、ネット上に必要十分な情報(コンテンツ)とキャパシティーが存在する場合、それは「もう一つの社会(Another society)」というより、リアルな社会と並列して存在する社会(Both societies)とすら言うことができます。

山崎徳之株式会社ゼロスタートコミュニケーションズ 代表取締役社長

アスキー、So-net、ライブドアなどでシステム設計、構築、運用を行う。2003年9月にシリコンバレーにVoIPの開発会社であるRedSIP Inc.を設立、CEO就任。2006年6月にゼロスタートコミュニケーションズを設立、代表取締役社長就任。Software Designで「レコメンドエンジン開発室」などの連載をしている。

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